啓蟄エアコン

 
 エアコンの様子がどうもおかしい。エアコン内部のクリーニングは昨秋、業者を呼んでしてもらったばかりだし、フィルターも2週間に一度は掃除している。なのに、外気8℃で冷風が吹き出してくるのはどういうわけだろう。まさか、と身震いした。そう、長い月日をへて、エアコンの反乱がふたたびはじまったのだ。

 
 エアコンとの戦いは、これまで幾度となく繰り広げてきた。前に住んでいた家では突然、ナイアガラの滝よろしく水がしたたり落ちてきたこともあった。業者に修理してもらい、エアコンのナイアガラ現象は収まったかにみえたが、ひと月もたつと、今度は幽玄な山奥の滝のようにチョロチョロと水がしたたり落ちるようになった。

 折悪しく、当時のわたしは万事気力がなかった。また管理会社に連絡して、業者を呼ぶのも億劫になってしまい、幽玄な山奥で悟りをひらく仙人のように滝と共存する道をえらんだ。滝の下にバケツを置き、そのバケツを二重にしたゴミ袋で包み、簡易的な滝つぼとした。けれど、これで安心ではなかった。メトロノームのように一定間隔で落ち、眠りの世界へといざなうかと思えば、鉄砲水のようにバケツめがけて注ぎこむ。バケツの水はたまる一方で、数時間おきに捨てなければならず、落ち着いて眠ることもできない。

 エアコンの死か、わたしの発狂か、待ち受けるのはふたつにひとつだ。きっと後者が先だろうとにらんでいたが、幸いにも、その冬にはエアコンの取り替え工事がおこなわれ、エアコンとわたしのデスマッチに終止符が打たれることになった。

 その後もエアコンとの意思疎通は一筋縄ではいかなかった。暖房のつもりで冷房を、冷房のつもりで暖房をつけ、なんだか寒気がすると思ってリモコンを見て、ようやく入れ違えていたことに気づくなどしょっちゅうだった。しかし、この2年、エアコンとの意思疎通は円滑だった。だから、油断していたのだ。

 
 外気8℃、冷風。この難問に立ち向かうべく、まず目をやったのはエアコンのリモコンだ。少なくとも冷房にはなっていない。液晶画面は「自動運転」を示していた。問題はこれだ。だれしも、季節の変わり目で情緒不安定になりがちだし、エアコンもそうにちがいない。わたしだって、カルロス・ゴーンに愛人になるよう迫られ、いっしょにカリブ海の小島に高飛びする夢を見るぐらいだ(ちなみに、彼は、愛の告白からプライベートジェットに搭乗するところまで、ずっと作業着姿だった)。

 まずは、キーポイントの自動運転に着目。レベル「標準」から「-1」にしてみた。勢いよく冷風が吹き出した。つぎは、「+1」にしてみた。若干戸惑ったような間合いのあと、よく晴れた冬の日のそよ風のような薄ら寒い風がただよってきた。どうやらエアコンは、混乱の渦のなかにいるようだ。そのさまは、冬と春のはざまで戸惑っているようにも思えた。頃合いを見はからって、土からはい出そうとしている春の虫のように。

 うちのエアコンの自動運転モードは、三寒四温に対応できていない。これはまぎれもない事実のようだ。耳をすませば、「はー? この季節、人間だって着るものに困るでしょー? そんな、AIとかといっしょにされちゃ困るんですけど?」という不服が聞こえてきそうだ。

 製造から10年あまり、時代に取り残された旧式エアコン。彼のいう「自動」は、昔の近未来感を彷彿とさせる。人間全身洗浄機、そろばん付き計算機、テレビのカラー放送、薄いボール紙でできた青と赤の3Dメガネ、最初期のマッキントッシュ。自動とうたっていても、微調整まではできない。人間みずから動かなければ、ほんとうの心地よさは手に入らない。

「自動」から「暖房」に切り替え、21℃に設定する。ほどなく、暖風が吹き出してきた。真夏と真冬以外、うちの旧式エアコンに自動運転はむかない。AIエアコンがやってくるその日まで、こちらが気をつかってやるしかなさそうだ。
 

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施しとプレゼントの境界線

 
 すべてのはじまりは、薄曇りの春の朝だった。表通りでは駅に向かう人が行きかい、一歩入った路地では表通りに出ようとする人たちが右の角、左の角から、ひょこひょこと顔を出していた。その流れに逆らうように歩いていると、無精髭を生やした中年男性が姿をあらわした。くたびれた様子で、野宿者かそれに近い境遇の人だとひと目でわかった。それから数秒、彼がおずおずという様子で話しかけてきた。お金の無心だった。

「地方から出てきた田舎者で、東京で仕事を探したけれど、うまくいかない。故郷に帰ろうと思うが、あり金がつきてしまって電車賃にも困っている。ついては、200~300円ほど融通してもらえないだろうか」

 彼の言い分はだいたい上記のとおりだった。わたしもすべてを鵜呑みにしたわけではない。彼の発する言葉には出身地としてあげた地方の訛りがないし、その地方の人にしては発音が明瞭すぎた。故郷に帰るというのも疑わしく、故郷に帰る電車賃が200~300円で足りるはずもない。移動できて都区内がせいぜいだ。しかし、薄い生地の色あせたデニムは彼には大きすぎ、炊き出しのときにもらったか、まだ体格がよかったころに買ってはき古したものにみえた。必死にひねり出した知恵の代償の小銭は、食事かタバコ代に消えるのかもしれない。それでも、断る気になれなかった。近くの支援団体の場所と開所時間を伝えたが、彼がそこを訪ねることはないともわかっていた。200円をもらうまでのあいだ、お義理で話を聞いているにすぎないのだと。

 100円玉2枚を渡すと、「ありがとうございます。どうぞよい1日を」と彼は手のひらを合わせて拝んだ。空き缶に小銭を投じてくれた人に野宿者が大仰に礼をのべる映画のシーンのようで、嘘くさく、みじめで、後味が悪い。片手を差し伸べつつ、もう片手で相手の懐から大切なものを奪い取ったような気がしてならなかった。

 
 かつては道を聞かれることが多かった。土地勘のない晴海の外れで郵便局の場所を聞かれたこともある。しかし、近ごろは道を聞かれるかわりに、お金を恵んでほしいと声をかけられることが増えた。朝でも夜でも、ひとりでも人と一緒でも、ラフな格好でも、わりときちんとした格好でも。なぜかわたしにピンポイントでたずねてくる。つい先日もそうだった。

 夜中にふと思い立ち、夫と冒険に繰り出した。なじみのない遠い街の飲食店街を抜けて大通りに出ようとしていたとき、ショールを厳重にまいた小柄な老女が正面から歩いてきた。童顔で低身長症の人っぽい。そして、いつもの勘がはたらいた。たぶん、くる。通りすがって何歩か進んだところで、声をかけられた。彼女は臆することも、卑屈さからふてぶてしい態度をとることもなく、淡々とお弁当代をもらえないかと言った。
 わたしも多少場数をふみ、自分なりの最適解を見つけていた。「ごめんなさい。現金の持ち合わせはないんですよ。クレジットカードならあるので、コンビニでなにか買ってご馳走しますよ」と応じる。『路上脱出ガイド』を持っているときは、それも一緒に渡す。「困っていることをどこかに相談されましたか」と支援団体とのつながりを確認することもある。でも、現金は渡さない。実際、散歩に出るときは、クレジットカードと電子マネーしか持ち歩かないし、現金をもって出てもごく少額だ。

「現物ならプレゼントします」と老女に伝えるも、「翌日のお弁当代がほしいから、いまはいらない」とつれない返事。お互いの消化不良な思いが宙をただようなか、「それなら残念ですが、どうぞお体に気をつけて」と言葉をかけてその場をあとにした。

 自分で支払いをするというのは、プライドに関わる行動だ。相手のプライドを尊重するなら、小銭を渡して自分で好きなものを買ってもらったほうがいい。こちらでものを買って渡しても、小銭を渡しても、支出は同じなのだから。
 でも、実際にされてみると、通りすがりに声をかけられて立ちどまり、求めに応じて小銭を渡すことには抵抗があるとわかった。べつに恐喝ではないし、相手も勇気を振りしぼり、ときには恥をしのんで無心しているのだ。小銭を渡すか、そのまま立ち去るのが道理なのだろう。ただ、小銭を渡せばなにかを奪われた気がするし、立ち去れば見捨てたような気持ちになる。奪われるなにか、それは自分の意思という自由だ。相手の求めに全面的に応じるかわりに、こちらの意思で物品をプレゼントする。それなら、なにかを奪われた気もしないし、人を見捨てたような罪悪感にもかられない。いい落としどころのように思えた。

 直前の老女との出会いについて考えながら歩いていたら、からだの芯まで冷えてしまった。ひと休みしようと深夜のファミレスに入った。コーヒー、紅茶と温かい飲みものを立てつづけに飲み、ようやく人心地。気持ちに余裕が出ると、周囲の様子に目がとまるようになる。

 やがて、大荷物をかかえた若い女性が入ってきた。わたしのななめ前方の席に座ると、充電器をコンセントに差し込み、スマホの充電をはじめた。それからメニューを開いてひとつひとつの料理を丹念にながめている。最後のページまでめくったら、今度はうしろから前へページをくり、また前からうしろへページをくっていく。そうこうしているうちに、しびれを切らした店員が呼び出しボタンが鳴る前に注文をとりにきた。女性客のたたずまいから、ただ暖を取るために入ってきたと警戒したのかもしれない。彼女はハッとして、はにかみながら熟考のすえに選んだ料理を注文した。

 大荷物、汚れがついても目立たない濃い色の服、毛玉だらけのコート、ピュアでありながら思いつめた表情。かつて関わっていた困窮者のサポート団体でよく見かけたタイプだった。彼女は住まいをなくした放浪者なのだろうか。もしそうなら、こっそり彼女の飲食分の会計をこちらで持つことはできないだろうか。少し早いクリスマスプレゼントとして。そこで、いやいやと思いなおす。わたしがしようとしているのはよけいなお世話で、ひどい独りよがりだ。彼女にとって今夜の食事は、特別な意味のあるものかもしれないではないか。

 しばらくして食事がすむと、彼女はバックパックからノートと大量のペンを出して何やら描きはじめた。それとなく様子をうかがうと、一心不乱にネームを描いていた。いわゆる絵描きさんだったのだ。よくよく考えれば、わたしも深夜のファミレスで作業をするときは、ある意味独創的な格好をし、思いつめた顔でポメラのモニターを見つめている。なんなら、人のひとりふたり殺したあとで、家族宛ての謝罪文を書いているように見えるかもしれない。

 客が入ってくるたびに流れ込む冷気に尻込みして、長いこと席を立てずにいた。ようやく重い腰をあげて表に出ると、寒風が吹きすさんでいた。窓越しにネームを描いている彼女の姿がみえる。住まいをなくした放浪者かどうかはわからないが、ネームを描いているときの彼女はいきいきとしていた。ここはそっとエールを送るだけにとどめよう。

 あまりの寒さに歯の根が合わず、カチカチと鳴った。隣の駅まで歩こうと思ったが、冒険の締めくくりは平和で穏やかなほうがいい。もう始発が動いている時間だ。
 長い夜がすぎ、老若ふたりの女性の残像を風に放って地下鉄の階段を下りはじめた。
 
 

義理もほどほどに

 
 どうしていつもこうなるんだろう。納豆の入った器は私の手から離れて床にダイブしてしまうし、袋入りのみかんには腐りかけのものが入っているし、洗濯機にいたっては、柔軟剤入れを閉め忘れてスタートボタンを押して気がついたときには内蓋の上がナイルの氾濫状態になっている。それで肥沃な土壌ができるわけもなく、雑巾でたまった水を吸い取ってはバケツに絞り入れるしまつ。まさに覆水盆に返らずだ。

 最近、何をやってもうまくいかない。いや、昔からそうではあったけど、輪をかけてひどい。仕事関係では、大幅に誇張した話なんだろうなと怪しんでいたらその通りの結末が待ち受けていた。打ちひしがれて籠の鳥のように家にこもってネトフリを見続けたけど、アップされている作品数が膨大すぎて、片っ端から視聴しても終わりがみえない。寝て覚めると、ビルの裏口から出ようと思ってウロウロしているうちに正面玄関に戻ってしまったような徒労感と虚無感に襲われる。それらを振り払いながら思ったのは、自分をだましだまし意に沿わないことをするのは限界かもしれないということだった。

 この徒労感と虚無感は、おそらく、あまりする必要のない日々の小さな我慢からきている。そのひとつが義理だ。義理というしがらみから解放され、物事を自由に選択したいという欲求がふつふつと湧いてきた。なじみの店だから、古い知り合いだからと自分に強いることはないのかもしれない。そう思ったのは、近所の美容室の前を通りかかったときだ。

 長年、通っている美容室は前に住んでいた街にある。公共交通機関を使ってドアtoドアで30分。有名店ではなく、顧客は近所の住人ばかり、というごくふつうの美容室だ。付き合いの長いスタイリストは同世代で話も合うし、カットの技術も高い。でも、片道30分かけて通うほど唯一無二かといわれれば、きっとそこまでではない。

 ただ髪の毛を切って帰るのは忍びなくて、かつてよく歩いた道を通って街並みの変化を観察したり、よく足を運んだ店をのぞいたりするけれど、これもせっかく来たのだからという義務感からやっている気がしないでもない。ぜんぶ億劫だ。近所の美容室に乗り換えてしまえ!……と意気込んだものの、いざ近所の美容室に行こうと思うと尻込みしてしまう。

 美容室を選ぶ理由は人それぞれで、技術に重きをおいてよりよい店に乗り換える人もいれば、価格に重きをおきてより安い店に乗り換える人もいる。私が重きをおくのはスタイリストとの信頼関係だ。10年以上の関係をかなぐり捨てて、見ず知らずのスタイリストに髪の毛を切ってもらうのは抵抗があるし、いちから信頼関係を築くのも億劫だ。

 なじみのスタイリストとはプライベートな話もするけれど、タメ口で話したりせず、ほどよい距離感を保っている。美味しいお店の情報を交換することもあれば、本の貸し借りをすることもあるし、差し入れを持っていくこともある。円満すぎて他の美容室を開拓する気になれず、かといって、いまの美容室に片道30分かけて通うのも煩わしい。この相反するふたつの気持ちのあいだで揺れ動き、ふと頭に浮かんだのは「独立」の二文字だった。

 スタイリストはこれまでに何度か、「また新しい美容室ができた」と嘆いていた。美容室が群雄割拠し、消えてもまた雨後のタケノコのように新規開店する美容室激戦区から脱したら、プレッシャーやストレスが減るかもしれない。私の住む街がいかに転職先として魅力的かアピールしたら、結果として背中を押すことになるのではないだろうか。

「いや、そんな他人の人生を左右するようなことを軽はずみにしちゃいけない」と何者かに右腕を引っぱられ、「これがステップアップになるかもしれないし」と別の何者かになけなしの良心を捨てるよう左腕を引っぱられる。からだは左側に傾き、そろそろ倒れ込みそうな勢いだ。いつまでからだを支えられるかわからない。がんばって踏みとどまってほしいと思う半面、このまま身をまかせるのも手かもしれないとも思う。私の良心のゆくえよ、いかに。