多様な街、中野のすばらしさについて

 秋葉原。中野と題しているのに、秋葉原からはじまる矛盾をお許しいただきたい。

 秋葉原は、いわずと知れた電気と機械とオタクの聖地だ。一昨年までは十数年におよぶ東京在住歴で、一度か二度、駅に降り立った程度という縁遠い場所だったが、ここ数ヵ月は隔月で足を運ぶようになった。事実上の夫(以下、夫)がひそかなガンダム愛好者で、ガンダムのプラモデルが充実しているヨドバシカメラにときおり赴く。そのお供というわけだ。

 彼がプラモデルコーナーを真剣なまなざしで物色しているのを生温かく見守り、それに飽きると家電コーナーでドラム式洗濯機が回る様子を内心歓声まじりに眺めたり、いまどきの4Kテレビの臨場感に圧倒されたり、電子ピアノコーナーで昔エレクトーンの発表会で弾いた徳永英明の『最後の言い訳』という陰気な曲を試し弾きしてシミジミしたりする。そして、頃合いをみてまたプラモデル売場に戻る。そうすると、夫は購入する商品を手にしていたり、購入は見合わせたものの充実した顔をして待っていたりする。それぞれ目的は違うが、それぞれの世界を堪能しているのである。

 しかし、その日は気もそぞろだった。店に向かう途中で見かけた路上生活者らしき初老の男性が気になっていたのだ。彼はガード下で、両サイドに紙袋とビニール袋を置き、ずっとうつむき加減に座っていた。その前を友達連れや家族連れが、さまざまな言語で楽しげに話しながら通りすぎていく。その光景があまりに痛ましく忘れることができなかった。帰りにまだいたら、なにか差し入れをしよう。かつてはときおりやっていたことだった。それで交流が生まれた路上生活者もいた。でも、“幸福”という足かせによって不要な結界ができ(『ある日、物憂い幸福とともに』『幸福外来の患者たち』)、かつては自由に行き来できた領域に立ち入ることができなくなった。社会の闇、人間の暗部、そういうものを恐れるようになっていた。

 ためらいにためらって、コンビニで温かいお茶とおにぎりを買うところまではたどり着いたが、肝心の手渡す勇気が出ない。それを聞いた夫が、「じゃあ、オレが渡すよ」とこともなげに言った。彼は路上生活者と交流を持ったことなどない。でも、率先して話しかける勇気が出ない以上、彼に頼むしかなかった。

 ガード下まで戻ると、例の男性はいぜんうつむき加減に座っていた。私たちが店内を見まわっていた1時間半、ずっと座っていたのだろう。夫はあの人で間違いないかと私に確認すると、すたすたと歩み寄り、腰をかがめて男性に話しかけた。気負わず、相手にも気負わせない、いつもの口ぶりで。「寒いので、よろしければ、こちら、召し上がってください」。

 怖い目に遭ったことがあるのだろうか。路上生活者の男性はビクっと震え、おそるおそる顔を上げた。目には驚きと恐怖が宿っていた。夫がもう一度、同じ言葉をかける。すると、男性は状況を理解して微笑んだ。「すみません。ありがとうございます」。そばで様子を見ていた私もようやく言葉を発した。「どうぞお風邪に気をつけて、お大事になさってください」。

 男性に別れを告げ、駅の改札に向かいながら、そう、この感覚だと思った。独り身のころは、意識したことすらなかった感覚だ。知らず知らずのうちにできていた垣根が少しずつ崩れていく気がした。

……と、ここまでは前置きだ。別に独善めいた話をひけらかしたかったわけではない。では、何かというと、神楽坂に越して数ヵ月、ふだんの行動範囲では路上生活者らしき人を見かけていないと思い出したのだ。

 
 かつて住んでいた中野では、早朝に特定の公園の前を通ると、路上生活者の男性が寝袋にくるまっている姿をよく見かけた。近隣住民もわざわざ自治体に通報しなかったようで、彼はいつもそこを寝床にしていた。彼なりのルールがあるらしく、公園にやってくるのは夜暗くなってから、朝も6時前にはきれいに荷物を片づけていなくなる。朝早いのは、空き缶回収の仕事に出るためだったのかもしれない。

 ひるがえって、神楽坂は中野より庶民性の低い街だ。家賃相場や物価も比較的高い。不動産屋の店頭に“シングル向け”と称して貼り出された家賃十数万円のマンションの物件情報を、結婚指輪をしていない20代の女性が涼しい顔で眺めている。私の利用頻度の低さも一因かもしれないが、コンビニでジャージ姿の人を見かけたことはないし、何らかの店屋のレジ待ちで前の男性から蓄積された体臭が漂ってきたこともない。隣の生活圏や、中心から外れた店ならもう少し安いが、メインストリートにあるスーパーでは、工場生産のふつうの食パンが税抜き198円で売っていたりする。西友ネットスーパーだったら、税抜き138円だぜ? と何度思ったかわからない。つまりは、“そういう街”なのだ。引っ越してくる前からわかっていたことだが、思いのほか住民層の幅が狭いというのが、神楽坂に越してきて感じたことのひとつだった。

 前に住んでいた中野界隈も、地価や家賃相場が特別安いわけではなかった。ただ、住民層は広く、集まる顔ぶれも多様だった。

 著名人が住んでいる一方で、かつては何かを目指したものの夢破れ、あるいは漫然と過ごしているうちに年月が流れ、居心地がいいのでそのまま住み着きましたという風情の独身の中年の男女も中野ではよく見かける。
 古くから広い屋敷に住んでいる人もいれば、その屋敷から目と鼻の先の公園で寝泊まりする路上生活者もいる。
 朝、私立小学校の制服を着た子供の手を引いて駅に向かうスーツ姿の男性がいる一方で、自分でカラーリングした髪が伸びたうえに傷み、夕陽を浴びた頭部から神々しい赤銅色の光を放ちながら、自転車の前後に口を半開きにした子供をのせて走り去る若い母親がいたりする。
 飲み会帰りのオタサー集団が仲間との別れを惜しんで改札前でしゃべり込んでいるかと思えば、頭にトークハットを戴いた老婦人がしずしずと通り過ぎていく(数は少ないが)。
 クリスマスイブの夜に、仲むつまじいゲイカップルがポインセチアの鉢植えを抱えて歩いているかと思えば、その横をパチンコ屋から出てきた作業着姿の男性が負けた苛立ちを拳に充填し、フェンスに八つ当たりしながら通り過ぎていく。

 そして、北東アジアに限らず、東南アジア、南アジア、中東、アフリカ、ヨーロッパ、北米等、世界各地から人が集まる。

 とにかく人の様相が、ひいてはそこから想像されるバックグラウンドが多様なのだ。何者でなくても、何者かになれないまま年を重ねても、ハミダシ者でも、みじめな気持ちにならず、のんびり暮らせる。中野という街は懐が深い。

 そんなふうに多様で面白い街なので、一生引っ越さないと思っていた。しかし、長年住んだアパートが老朽化にともなう建て替えで近隣のマンションに移り住み、移り住んだマンションで騒音問題に直面し、自分と中野の関係をいま一度考えることとなった。

 20代半ばまで住宅しかないような地域で暮らしていた夫は、朝からやっている飲み屋もある中野駅前の猥雑な雰囲気がつらく、通勤・帰宅時にあまりいい気持ちがしないと胸のうちを明かした。中央線や山手線の苛烈な混雑や朝晩の殺伐とした空気もしんどいという。私がことあるごとに中野愛を語るため、明かすのをためらっていたが、騒音問題という不運ではありながら転機がおとずれ、正直な気持ちを話そうと思ったようだった。

 言われてみれば、そうだ。そもそも、朝からやっている飲み屋が増えたのは近年で、通勤もなく、電車に乗る機会も少ない私は、仕事の行き帰りに猥雑な雰囲気の場所を通るダメージを考えたことがなかった。
 それに、前に住んでいたアパートに愛着があっただけで、中野そのものに強い愛着はなかったのではないか。不愉快に感じる場面にもしばしば遭遇する。否応なしに伝わってくる上階のはかばかしくない子育てだってそうだ。これが中野クオリティ、ふしぎと治安がいいけれど、もうこの街を離れよう。決断するまで時間はかからなかった。

 候補地はいくつかあった。阿佐ヶ谷か神楽坂、あとは東急線沿線。東急線沿線は住んでいる人から情報を得たことに加え、身内との用事で自由が丘のカフェに入り、クラッシュドアイスが8割で巨峰1粒程度のアイスしか載っていない800円のコーヒーフロートを飲んで(支払いは身内持ちだったのだが)、ほぼ郊外で魅力的な施設もないのに(住民のみなさんごめんなさい)、なんなんだこの物価は、と憤怒して早々に選択肢から消えた。阿佐ヶ谷も有力候補だったが、夫の職場から遠くなるうえ、下見をかねた散策時に、阿佐ヶ谷でいいと思うエリアは駅の東側の一部だということがわかり、土地勘のある神楽坂に絞って探すことになった。

 結果、正解だったと思う。すれ違いざまにうっかりぶつかったら、ほとんどの人は謝るし、中野時代のように素通りされることもない。月並みな言い方をすれば、民度の高い街なのだろう。

 でもだ。違和感をおぼえたり、不愉快な思いをしたりすることはなくなったが、なにか物足りない。そう、住民の多様性だ。人間図鑑なるものがあるなら、図鑑そのものではなく、そのうちの数カテゴリーだけ見せられている気分になってくるのだ。
 私が10代のころに故郷を離れようと思ったのも、各ライフステージのロールモデルに準じた生き方をする人が大多数で、さまざまな面で多様性に乏しいと感じたからだった。ここに留まったら、自分の意思など二の次で、決まりきった人間模様のなかで過ごすことになると思ったのだ。その点、東京なら、10分、20分も歩けば、生活圏が変わり、街のカラーも変わる。少し電車に乗って移動すれば、さまざまなカラーの街があるのもわかっている。でも、そうではなく、生活者の感覚で、ふらっと近所に買い物に出るぐらいの身近さで、多様な光景を目にするのが心地よかったのだ。

 暮らしに余裕のある層が多いように感じられる神楽坂にも生活に苦しんでいる人はいるだろうし、夢を追いかけて叶った人もいれば、叶わなかったり、漫然と過ごしているうちに年月が流れたりして、そのまま住み着いてしまった人もいるだろう。私が認識していないだけで、クリスマスイブにポインセチアの鉢植えを買うゲイカップルもいるかもしれないし、賭事に負けて公共物に八つ当たりするガテン系の人もいるかもしれない。子育ての価値観だって人それぞれだろう。

 でも、神楽坂に中野のような雑多なサラダボウル感はない。ひとつひとつの野菜が丁寧に切りそろえられ、大きな角皿に1種類ずつ並べられているイメージだ。野菜と野菜のあいだは等間隔にすき間がもうけられ、混じりあうことはない。それぞれの野菜を個別に味わうのだ。

 
 進学、就職、転勤等、これから東京でひとり暮らしをはじめる人も多いだろう。そんな人には中野をオススメしたい。オシャレ感に乏しく、住みたい街ランキングで上位にランクインすることはまずないが、住んでよかった街ランキングでは必ず上位にランクインする街だ。新宿まで中央線で5分、大手町まで東西線で19分、どこにアクセスするにも便利。駅前には食料品関係の店をはじめ、飲食店、丸井中野本店(中野こそが創業の地なのだ。本社も置かれている)、ユニクロ、書店等、家電以外ならひととおりのものが揃う。物価も総じて安い。大通りから1本入れば住宅街で、昼夜を問わずいたって静か。より高い庶民性とディープさを求めるなら隣街の高円寺、庶民的でありながら落ち着いた雰囲気を求めるなら隣の隣の阿佐ヶ谷だが、雑多な中野に住んで飽きることはないはずだ。

 ただ、「中央線沿線に住んだら、一生、他の沿線には引っ越せない」と言われる。知り合いは学生時代から20年あまり中野に住んでいるし、中野で生まれ育って早80年という知り合いもいる。私自身、16年半も中野に住んだ。騒音問題に直面しなかったら、まだ中野に住んでいたにちがいない。なにせ、神楽坂は落ち着いていていい街だから当分住むだろうと思っていたのに、十数年にわたって住んだ中野のアパートの跡地に、手頃な広さと間取りの建物ができたと知り、ちょっと揺れているくらいだ。

 中央線沿線に住んだら、一生、他の沿線には引っ越せない――。中野に住むなら、この住み心地のよさと表裏一体の呪縛も楽しんでほしい。
 

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中