オトナをやめる~グッバイ・ミドルエイジクライシス~

 
 ちょっとした事業活動に関わるようになった。突如として社会性がめばえたわけではなく、以前と違って書き物仕事も減り、週の半分は時間を持てあますようになったからだ。

 暇になると、人はろくなことを考えない。ある人は消し去りたい過去の記憶を反芻しては煩悶する。またある人は、7つの大罪のどれかに手を染める。そして、私は空想世界をさまよう一方で、自分の行く末を案じて気が滅入ることが増えた。もともと見通しが明るかったわけではないが、30代半ばになり、ミドルエイジクライシスが蜂の大群のように脳内の隅っこから中央に向かって襲来することが増えた。
 この10年来、所用、打ち合わせ、散歩、街歩き、買い物以外ではほとんど家を出ずに暮らしてきたが、無情にも流れゆく時を肌身に感じながら何もせずに過ごすのが苦痛になってきた。町内一の怠惰の女王だと自負してきたのに、ついにその座を退くときがやってきたのだった。

 それで関わりはじめたのが前述の事業活動だった。かねてより関心のあった分野で、週に数日だけとはいえ刺激も多い。社会人経験の乏しさから、組織内で立ち回るのに苦労するだろうと案じていたが、即戦力や具体的な利益をもたらす存在と見なされていない分だけ気負いも少なく、徐々に慣れていけばよいのも好都合だった。
 ただ、対人スキルが求められる分野で、時にはハラスメントに相当する発言をする人も現れる。変質者が目の前に現れて、満面に笑みでズボンとパンツを下ろしはじめたら相応に動揺するし、恐怖のあまり凍りつくかもしれないが、多少のセクハラ発言ならこちらも動じない。受け流すか、法的措置も辞さないことを示してやんわり諭す。それで問題は解決する。

 しかし、伏兵は常に死角に潜むものだ。事務作業をしていたとき、たまたまスタッフの青年Aと2人きりになった。彼がふいに口を開いた。

「こういう作業って、得意ですか?」
「資料の整理はあまり得意ではないですけど、領収書の整理なら得意ですよ」といいながら、私は作業をつづけた。
「そうなんですね。うちの母はどうもこういう作業が苦手で、僕がかわりにやったりするんですよ」

 私の手がとまる。せまい事務所に雷雲が広がり、脳天に稲妻が突き刺さった。

 
 落ち着け。

 
 青年Aは20代前半。私より10歳ほど年下で、かつて友達以上恋人未満だった彼よりもひとつかふたつ年上なはずだ。そんな背景をもつ青年Aに、私は母親と同じ枠に入れられたのだろうか。そういえば、最近、“お姉さん”呼ばわりしてくるのは、30歳前後以上の男性ばかりになった。生徒の平均年齢が異様に高い三味線教室で、50代の女性が“お若い方”と呼ばれるのと同じ法則だ。

 以前は“お姉さん”呼ばわりされると、軟弱フェミニストの血が騒ぎ、軽んじられている気がして内心憤慨したりした。“マドマゼル”より“マダム”と呼ばれたかったのだ。それが最近は情けないことに、“お姉さん”呼ばわりされるとまんざら悪い気がしない。かすかな抵抗を感じる一方で、“お姉さん”って呼ばれちゃったと思ってスキップまでしかねない勢いだ。

 
 全身をもやもやとした暗鬱な思いに包まれながら作業を続行し、自宅の玄関ドアを開けるころには、ドロドロとしたスライム状の粘着物になって室内に流れ込んだ。

 ソファーで本を読んでいた夫が何事かと目を丸くした。私は数時間前に起きた悲劇をせつせつと報告し、慰めを乞うた。彼はいつものように顎髭をいじりながら熟考モードに入った。彼はなにか疑問に直面すると、相手の言動や行動を分析または推理する癖がある。その根拠を示してもらえれば、“母親枠”に入れられた傷も癒えるにちがいない。そう期待した。

「現在、青年Aが密に接する女性は母親のみで、領収書の整理という言葉から浮かんだ比較対象も母親だけだったんだよ」

 なるほど、青年Aの常日頃の言動から察するに、夫の推理も一理あるかもしれない。3次元の女にあまり関心がなさそうな様子もある。そんな青年Aにとって、生身の女はかえってリアリティがないのかもしれない。いや、待てよ。

「でも、私、あなたより5歳上だけど、前にあなたのスーツを作りにいったとき、ショップの店員さんに“お母さん”呼ばわりされたことあったよね? 私の耳には『お茶いかがですか?』としか聞こえなかったんだけど、あなたが『お母さんって言われたね』と苦笑気味にいって」
「その話は蒸し返さないで」

 ある紳士服店に赴いたときだった。店員と客が机をはさんで向かい合わせに座り、サンプルを見ながら布地やスーツのデザインを選ぶ形式の店で、ちょうど台本を開いた頃合いで他の店員が飲み物を勧めてきた。まずは夫にたずね、つづいて私にもたずねた。その際、私は「お茶、いかがですか?」と聞かれたつもりでいたが、夫の耳には「お母さんもいかがですか?」と聞こえたらしい。当時の夫は実年齢よりだいぶ下に見えた。成人式まではいかなくても、社会人生活のスタートに合わせてスーツを作りにきたと思われたのかもしれない。

 店員が席を外した隙に、夫が苦笑気味に言った。「『お母さんもいかがですか?』って言ってたね。ふつう、こういう店だと、客から関係性についてわかるような発言がないかぎり、関係性を推測して言ったりしないものなんだけど」
「お母さんなんて言ってないよね。『お茶、いかがですか』と私の耳には聞こえたんだけど」
「はい、そうです」

 思い返せば、もうあのとき、坂道を転がりはじめていたのだ。ううん、極論をいえば、生まれたときからエイジングは始まっていたのだ。ずっと上り坂であればいいものを、いつしか下り坂に入ってしまっていた。仮にするとしても、フェイスリフトやボトックスはもう少し先の話だと思っていたが、前倒しするべきではないだろうか。
 それとも、精神面の問題だろうか。成熟せず、幼稚なまま老化していっているのだろうか。全身をピンクハウスの服でコーディネートした100歳の老婆の姿が目に浮かんだ。いや、それが似合う人ならいい。でも、私は似合わないし、そこまで振り切れない。

「あと、君はしゃべり方も落ち着いているから、それも一因なんじゃないの?」と、茫然自失と箸を運ぶ私に夫がだめ押しで言った。
「それって、しゃべり方がババくさいってこと?」
「すいませんでした」

 静まり返る食卓。地球滅亡を翌日にひかえた晩餐でも、もっとにぎやかだったにちがいない。

 
 翌朝になってもダメージは癒えず、夫を送り出してから、布団に潜り込んだ。頭まで布団をかぶって悶々としているうちに眠ってしまったらしい。私は夢のなかで、どちらといえば急進的なフェミニズムを信奉する旧友と侃々諤々やり合っていた。

「年齢差別もそうだが、どうしておまえは性差別と戦わないのだ。“お姉さん”呼ばわりされたら抗議すべきだ」と旧友は静かに叱責する。

「たしかにそうなのだが、いま私が関わっている団体のスタッフ側でない人たちは、自分より年下であったり、名前を知らなかったりする女性を“お姉さん”と呼ぶことを当たり前とするカルチャーで生きてきた人が多い。“お姉さん”呼ばわりが性差別に相当すると気づいていないのだ。無自覚の差別意識が潜んでいるとは思うが、長時間接するわけでもない相手に、ハラスメントだと抗議する時間も労力もないのが現実だ。たとえば、商店主に“奥さん”や“お姉さん”と呼ばれたからといって、猛然と抗議したり、議論を吹っかけたりするわけにもいくまい。それと同じことなのだ」と私は反論した。

 20代時分に同じようなシチュエーションで“お姉さん”呼ばわりされていたら、さりげなくでも抗議はしたかもしれない。若さゆえの融通の利かなさであろうと、きちんと権利主張はした。でも、いまは場の空気を乱さないことを優先するようになったうえ、「うわ、必死だ」と痛々しく思われるのを恐れるようになったのかもしれない。そう恐れる私自身、エイジストなのだ。

 明確な差別や不当な扱いであれば、抗議もしやすい。なんなら法的措置をとることもできる。先だって発生したアメリカの航空会社・ユナイテッドによるアジア人差別と、それに端を発する乗客への暴行事件などもそうだ。けれど、日常の小さな違和感には抗議しにくい。今回のケースは、「もしかすると、10歳ほど年下の青年に“母親枠”に入れられたかもしれない」という非常に曖昧なものだ。ただただ、もやもやした気持ちを抱えて消化不良のまま霧消するのを待つしかないのだろう。そして、霧消した頃にはまた新たな小さな違和感に見舞われるのだ。

 20代より30代のいまのほうが楽しい。それと同時に、精神年齢が追いついていないのに、生物年齢ばかりが進むことに不安も感じている。いつまでもいたちごっこで、きっと精神年齢は死ぬまで生物年齢に追いつかない。いつしか、若者に貸与される免罪符や猶予特権も期限が切れていた。実際にそういう選択肢をとるか否かは別として、奔放で無責任であっても咎められない立場でありたい。
 “お姉さん”呼ばわりされて軽んじられることにかすかな抵抗を感じる一方で、性愛市場ではしばしばアドバンテージとされる“若さ”を失い、性的な存在として意識されなくなることも怖い。完全にミドルエイジクライシスだ。

 かくなる上は、時間をかけてでも自分の気持ちと折り合いをつけなければいけない。私は全身をピンクハウスの服でコーディネートした100歳の老婆にはなれないのだから。
 右か左、どちらか極端に触れるのも違う気がする。唯一の治療法はきっと、年齢という概念、とくに“オトナ”という概念から自由になることだ。そうだ、オトナをやめればいいのだ。そして“痛々しい人”と見なされても、それを甘受する。どう見られたいかではなく、どうありたいかを優先する。私は自由だ。自由になるんだ。脳内に現れた断崖絶壁の崖っぷちでそう絶叫した。
 

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低空飛行の鳥瞰図

 先祖供養の場というのは、離れて暮らす親族が一堂に会して思い出や近況を語らい、互いのつながりを確認する機会でもある。

 先だって行われた法事は単なる供養や懇親を超えて、私にひとつの諦念をもたらした。私の親族と語らい、姪や甥と遊ぶ夫の姿を見て、私はもう独り身ではないのだと安堵と失望をともなうかたちで実感したのだ。“年貢の納め時”ともいえるかもしれない。大空を自由に舞う風切羽と引きかえに安定して歩ける足を得、透明な鳥籠に入るかわりに好きなだけ歌う自由を得た。この自由と不自由が逆転したような状況は、今後一生つづくのだろうかと落胆を禁じえなかった。かつてのように、大空を自由に舞い、それでいていつ墜落するかと不安で、消えたいという間欠的な念慮を原動力とする視座はもう失ってしまったのだろうかと悲嘆にくれた。

 しかし、法要から戻り、実家の庭で見るともなしにトンビが舞う様子を眺めていたときだった。子供のころに見たそれよりずいぶん低く舞っているように感じられたのだ。自分の背が伸びたせいだろうかと思ったが、親族に確認すると、やはり昔より低空を舞うようになったという。何が原因かはわからないが、低空を舞うようになってもトンビは舞うこと自体はやめなかった。

 20年前の祖父の死を皮切りに、両親や祖父母、大叔母など、私を守り、愛情を注いでくれた周りの大人たちはみんな亡くなってしまった。最も年少ゆえに、姉たちよりも1世代、2世代上の親族の死に早く直面するだろうと覚悟していたが、それでも父や母の死は早すぎた感があった。

 いま思えば、知的障害をともなわない自閉症スペクトラム、“アスペルガー症候群”だったであろう父が震災後にパニックを起こし、心神喪失状態で自殺した際、自分はひとりになったのだと耐えがたい孤独感に襲われた。近くに仲のよい姉がいても、その孤独感は払拭できなかった。疲れたら、無理をしないでゆっくり羽を休めなさいと、無条件に迎え入れてくれる親という存在を心のよりどころにしていたと気づかされた。自由を謳歌し、不安定でも高いところを舞うことができたのは、羽を休める場所が用意されていたからにすぎなかった。独立した存在であろうと心していたつもりだったが、完全に独立し、自立した存在だったことは一度もなかったのだ。

 そして、父が亡くなってそう年月が経たないうちにいまの夫と暮らしはじめた。

 嫁にいくつもりはなかった、結婚するつもりじゃなかった、あるいはそんなタイプだと思われていなかった等々、自分は誰かとパートナーシップを組むのに不向きだと思っていたと主張する人は多い。一部は本当にそう思っていたのだろうし、また一部は多くの人がする結婚という“つまらない選択”をしたことへの自己弁護して主張する。自分はイレギュラーで非凡な人間だったのだが、気の迷いで伴侶を得てしまったのだと。自分の凡庸さを認めたくがないために、結婚が自分の凡庸化を招いたのだと口実にする人もいるだろう。

 私自身、共同生活者や伴侶は自由を奪う悪しき存在だと思っていた。実際、半同棲すら忌避していたし、24時間以上ひとりの時間を持てないとストレスを覚え、どうにか口実をもうけて相手を追い出すか自分が逃げ出そうとした。たいていは失敗し、48時間一緒に過ごすはめになったが、相手はなぜ私が苛立っているのか理解できない様子だった。私にとってそうした相手は恋人であり自由を脅かす敵でもあった。

 だが、いつしか長時間一緒にいても苦にならない相手が現れた。いまの夫だった。それでも、父や母が存命だったら、彼と暮らしていただろうかと疑問に思う。ちょうど父が亡くなって孤独感に打ちひしがれていた時期で、心の奥底から家族がほしい、寄り添える肩がほしいと初めて感じたときでもあった。家族がひとり、またひとりと亡くなり、そして誰もいなくなるのが怖かったのだ。

 その時期にたまたま付き合いのあった夫がたまたま支えてくれたから、一緒に暮らすという決断にいたったが、もし父が亡くなっていなければ、あるいは誰もいなくなる未来に恐れを抱かなければ、いまもまだ独りで夫は夫でなくただの恋人か友達になっていたかもしれない。

 
――実家の庭にたたずみ、低空を舞うトンビの姿を見て思った。彼らは高い場所を飛べなくなったし、飛び方も変わったけれど、別に飛べないわけではないのだ。そしていま、自分の背中に新しい風切羽が生えつつあるのを感じた。

 どんなに居心地のよい環境に安住しようとしても、悲喜こもごもの出来事に見舞われ、環境は時々刻々と変化していく。変化を受け入れ、変化に適応しなければ、同じ場所を回っているうちに螺旋階段に迷い込んでしまう。1段、また1段と奈落へと下っていき、底に降り立ったときには暗闇の中にひとり取り残されているのだ。

 夫と暮らしはじめて3年半あまり、低空飛行のトンビを見たあの日。大空を自由に舞い、それでいていつ墜落するだろうかと不安で、消えたいという間欠的な念慮を原動力としていた視座に別れを告げ、ようやく新しい視座を受け入れることができたのだった。
 

駆け落ちはしたけれど――ユウト、25歳の場合――

 
前作の最後にチラッと出てきた駅員が今回の主人公です。

    ◇◇◇

 午前中に若い男とタクシーに乗った女だ、 とユウトは思った。駅舎に入ってきた彼女の横には例の若い男ではなく、30過ぎに見える背の高いスーツ姿の男が立っていた。ついつい目で追い、ホームの中ごろまで進んだところで男が振り向いた。あ、ヤバい。ユウトは素知らぬ顔をしてめったに人が通らない改札のほうに向き直った。

 しかし、来たときには若い男と一緒で、帰りには背の高い三十路男と一緒とは、いったいどういうことなんだろう。3人とも見かけない顔だから、町の人間じゃないんだろう。駆け落ちして旦那が連れ戻しにきたとか? まさかね。こんな田舎に逃げてもすぐに噂になるわ。でも、オレならあの筋肉質の若い男がいい。あの男はイケる。
 中年の女がユウトを一瞥し、目が合うとうつむき加減に会釈して改札を通り抜けていった。田中のババアだ。言いたいことがあるなら言やいいのに。でも、とユウトは薄笑いをうかべた。この厄介な状況も明日までだ。明日の朝、シゲキと町を出る。誰にも告げず、こっそり抜け出すように。そのときが待ち遠しかった。

    ◇◇◇
 
 ユウトが自分の性指向に気づいたのは、中学1年生のときだった。学年一の美人にバレンタインチョコをもらっても嬉しくなく、それを見て冷やかしてきた級友の男子に特別な感情を抱いた。いつしか、彼の姿を目で追うようになっていた。他の級友とバカ騒ぎをする姿、体育着に着替る姿、陸上部で砂ぼこりを舞い上げながらトラックを走り抜ける姿。水泳部だったユウトは泳ぎ終わってプールサイドを移動するときには、必ず歩をゆるめて彼の姿を探した。サッカーでゴールを決めたユウトに駆け寄り、肩を組まれたときには心臓が早鐘を打った。

 それでも、誰かに自分がゲイだと告げる勇気はなかった。女子にモテたのもハードルを高くしていた。部活が終わると、校門で女子が待っていることも度々だった。勉強は中の上程度だったが、スポーツ万能のイケメンに寄せられる期待は並々ならぬものがあった。もしゲイだとカミングアウトしたら、周りの失望や落胆を招き、最悪の場合は孤立やいじめに発展しかねないとユウトは案じた。

 だから、この町にいるかぎりは、誰にも言わないつもりだった。必要なときだけネットや出会い系アプリで相手を探し、近隣の街まで出かけてデートする。お互いの性欲だけ満たして終わりということも多かった。本気になれる奴ができたとして、そいつとの将来なんて考えられなかった。親戚、家族、同級生だらけのこの町に住んでいるかぎりは、他の男と一緒に暮らすなど夢物語に思えたのだ。

 
 だが、事態は突然動いた。出会い系アプリで会える相手を探していると、近くに悪くない相手が見つかった。写真はボカしてあったが、身体は悪くなさそうだった。メッセージもまともだ。会ってから想像と違って辞退するのもよくある話。女子受けがよくてもゲイ受けがいいとは限らないということは、ユウト自身、断られる回数で学んでいた。

 まずは会おうと思って連絡を取り合い、岬近くの駐車場で相手が現れるのを待った。待ち合わせ時間が迫るにつれ、ユウトの胸は高鳴る。今日はどんなやつが来るだろう。待ち合わせ時間ちょうどになると、ウィンカーを出して駐車場に入ってくる車があった。ユウトは車を出て、休憩所前のベンチに向かう。そこが待ち合わせ場所だ。
 この駐車場も昔はドライブインで、ユウトが子供のころは週末ともなると家族連れが暇つぶしに来ていたが、いまや軽食を出していた休憩所は廃墟同然だった。駐車場は閑散とし、展望台に向かう人らが車を止めるか、カネのないカップルが車内でことを済ませるための場所になり果てていた。

 やっぱりあいつだ――。その男は車を出ると、ユウトの姿をチラッと確認し、視線を泳がせながら歩いてきた。お互いの顔がわかる距離まで近づいたとき、ユウトとその男の顔が同時に引きつった。男はユウトの高校時代の担任教師だった。

「よう、久しぶり」。元担任はぎこちない笑顔で言った。
「どうも」とユウトはぶっきらぼうに応じる。相手を探るように上目遣いで見ながら、ようやく長年の謎が解けたと感じていた。

 高校時代、元担任とはよく視線がかち合った。ぼんやり窓の外を眺めていると視線を感じ、振り向くと必ず彼が自分のほうを見ていた。すると、元担任は教師然として、「こら、ぼんやりしてるんじゃないぞ」と冗談めかして注意をした。テスト中の見回り時も、教科書の音読時も、教室を巡回して自分のところに来ると、必ず肩を二、三度たたいていった。自分に向けられていた視線が生徒を慮るそれではなく、単なる情欲によるものだったのだと、この人気のない駐車場で初めて知った。

 それなら、もっと早く誘っておけばよかった、とユウトは内心苦笑した。当時の元担任はイケメンといって差し支えない容姿で、ユウトは自慰行為の材料にすることもあった。部活が終わって誰もいなくなったプールの更衣室で着替えていると、彼が入ってきて早く帰るよう促し、そのうちに視線がかち合い、奥に並んだシャワーボックスの1つに入ってカーテンを引き、熱い湯を浴びながら激しく情を交わすというのが定番の妄想だった。

 だが、いま目の前に立っている教師は情欲をかきたてる存在にはなりえなかった。引き締まっていた体はたるみ、頭髪は早くも後退し、目もとと口もとには生活疲れを感じさせるシワが数本走っていた。結婚したと聞いたけど、形だけのものだったのだろうか、とユウトは思った。

 昔は教師と生徒という間柄で、権威的に振る舞うこともあった元担任は、おそるおそるユウトの機嫌をうかがうように隣に腰を下ろした。

「立場上、言えなかったけど、ずっとおまえに気があったんだ」。元担任は車を降りるときから手にしていた缶コーヒーをすすった。
「そうだったんですか」とユウトはすげなく応じる。
「もしよかったら……」
「いや、やめといたほうがいいですよ」。ユウトは間髪入れずに答え、いったん腰を上げて座りなおした。体ひとつ分の隙間ができる。自分の太ももに忍び寄ってきていた元担任の手を遠ざけるためだった。
 残念そうな顔をする元担任に別れを告げ、ユウトは駐車場をあとにした。とんだ災難だ、せっかくの休みが台なしだと苛立ったが、もうこういう形で会うことはないだろうと思い直した。

 本当なら、駐車場での不運な邂逅で終わるはずだった。小さな町の数少ない同胞同士、お互い沈黙を守るのがルールのはずだった。けれど、悪いことに元担任はモラルを期待できる人物ではなかった。

 
 ユウトが高校生だったころとは時代が変わり、“LGBT”という言い回しで啓発授業が行われるようになっていた。
 元担任はユウトに断られたことを根に持っていた。多少年を取ったけど、自分はまだイケる。ハッテンバで誘われることも多い。なのに、あいつは……。奇しくも啓発授業の担当は元担任だった。

「……この教室にもいるだろう。卒業生にもいるだろう。先生が顧問をしていた水泳部の生徒にもいた」と彼は教壇から語りかけた。生徒たちの視線が自分に集まるのを感じた。特に水泳部の生徒の視線は自分に釘づけだ。このコントロールできている統率感は何度経験しても気持ちがいい。効果的な間をおいて、彼は話をつづけた。
「先生は在学当時にその生徒から想いを打ち明けられた。7~8年前のことだ。でも、先生はいまの奥さんと付き合っていたし、気持ちには応えられないと断った。だからといって、誤解しないでほしいんだ。先生は決して不愉快に感じたりはしなかった。むしろ、彼の気持ちに応えられないのを申し訳なく思ったくらいだ。みんなには広い心を持ってほしい。自分と違う立場におかれた人の苦悩にも思いを馳せてほしい。同性を好きになったり、生まれ持った性と違うと自認したりするのは決しておかしいことではないんだ」

 最後の付けたしは、ささやかな自己弁護だったのだろう。生真面目に聞いていた生徒もいれば、ホモとレズの話かよ、と隣の席の友達に顔をしかめてみせる生徒もいた。初の啓発授業ということで、他の教員たちも聞きに来ていた。元担任は内心ほくそ笑んだ。こうして時限爆弾は仕込まれたのだった。

 
 イケメンと呼べる容姿で気さくな性格なのに、女っ気がないユウトは周りから常々不思議がられていた。合コンも付き合い程度に参加し、それ以外は疲れてる、カネがないと理由をでっち上げて断っていた。彼の町では、たいてい20代で結婚する。気ままな独身でいたくても、四方八方から圧力が迫ってくる。圧力を振り切った先に待つのは、欠陥人間、変わり者というレッテルだ。ユウトの友達も、同級生や職場の人、合コンで知り合った相手などと結婚し、独身者は減りつつあった。

 そうしたなか、女っ気のないユウトは不思議な存在だった。モテるから選り好みしているんだろうと冷やかされることもあった。しかし、元担任が作り話を吹聴し、不思議がられることはなくなった。
 小さな町の噂話は、電報やラジオに例えられる。それだけすぐに広まってしまうからだ。部員数の少ない水泳部のOBで、7~8年前に在学していて、独身で、女っ気がない男となると、候補は絞られてくる。いまやユウトがゲイだということは公然の秘密となり、“ゲイの駅員”として知られるようになっていた。

    ◇◇◇

「――にしても、今日はジジイばっかで目の保養にならないなー」
「しっ、声がデカい」とユウトはシゲキを小突いた。「ったく、何しに来たんだよ」
「え、風呂に入りに」とシゲキはうそぶいた。

 この日、ユウトは恋人のシゲキとスーパー銭湯に来ていた。確かにシゲキの言うとおり、洗い場も浴槽も年寄りばかりで若い男の姿はなかった。彼らは、しょうがねえな、と言い合い、いったん風呂から上がることにした。

 ユウトがシゲキと知り合ったのは半年前、元担任の仕掛けた時限爆弾が炸裂してヤケになっていたころだった。
 近場の街のゲイバーでしたたかに酔っ払い、トイレで激しく嘔吐していたときに誰かが背中をさすっていてくれた。吐くものがなくなって顔を上げると、そこにはさっきまで隣で飲んでいたシゲキがいて、心配げにユウトの顔をのぞき込んでいた。ユウトの目にそのときのシゲキはガチムチの天使に映った。
 しばらく店のソファ席に横たわり、ようやく座れるようになったところでシゲキと話しはじめた。彼は実家のコンビニを手伝っていること、ユウトの家からそう遠くない地域に住んでいることがわかった。シゲキはユウトが何者かすでに知っていた。無理もない。小さな駅の駅員なのだ。そうして何度か会っているうちに、事実上、付き合っている状態になっていた。

――ふたりは和室ラウンジに移動して、スマホをいじりながらのぼせた体を休めていた。

「読んでみろよ、すげぇキラキラした話」とシゲキがニヤニヤして、ユウトにスマホを見せた。また彼的にツボる記事を見つけたのだろう、とユウトはスマホを受け取った。

“LGBT市場に注目! 数兆円規模の経済効果! ”

 子供がいなくて教育費がかからない、ホワイトカラーで共働きだから可処分所得が多い、だから彼ら相手の商売を考えましょう、という内容だった。ユウトは記事をななめ読みし、スマホをシゲキに返した。「ふーんって感じだな」
「な? 人権の前にカネ落としてくれる人って扱い。しかもこれ、厳密にいうと、カネ持ってる都会のゲイとバイの男にほぼ限られた話。賃金格差や雇用差別があるから、LTはあんま関係ないし、まして田舎の貧乏人に至ってはどの属性でも関係ない。落とすカネがねーから」

 ユウトは両手を後ろにつき、足を前に投げ出してシゲキの顔をまじまじと見つめた。
「なんだよ」とシゲキが怪訝そうに見つめ返す。
「いや、おまえって、無駄に頭の回転がいいんだよなって思って」
「無駄はよけいだ」というと、シゲキはユウトの脇腹をくすぐった。じゃれ合っていると、向こうから人が来るのが見えた。彼らは何事もなかったかのように澄まして居ずまいを正した。

 またしばらくスマホを見ていたが、今度はユウトがシゲキに話しかける番だった。
「この写真、うわーって感じ」
「どれ?」。シゲキがユウトのスマホの画面をのぞき込んだ。少しずつ口もとがゆがみ、やがて失笑にいたった。「これ、シャレじゃないんだよな」
 エグゼクティブゲイの特集記事らしく、ブランド物のスーツを着た小綺麗な男性がずらりと並んでいた。
「超キラキラしてて目がくらむ」といって、シゲキは目をしばたかせた。「“ゲイというと遠い世界の話で、素性が怪しく、何者かわからないと感じるかもしれません。私たちはごくふつうの市民です。あなた方の近くにもいる、ごくふつうのエリートビジネスマンです。社会的地位が高いので、変な真似もしません。まして淫乱な行為など考えたこともありません”って声が聞こえてきそう」
 シゲキのこういうクレバーでニヒリスティックなところがユウトは嫌いじゃなかった。
「ああ、キラキラはいらないから、希望と光がほしい。オレたちのユートピアはどこにあるんだろう」と嘆息をもらし、ユウトは畳の上にひっくり返った。

 
 次の日、ユウトが仕事から帰ると、父親は居間でビールを飲んでいた。当然、元担任の仕掛けた時限爆弾の破片は父親のもとにも及んでいた。

 父親はユウトのほうを一瞥し、「帰ったのか」と言うと、また面白くもなさそうな顔でテレビに視線を戻した。お笑い芸人が渾身のギャグをいって会場を湧かせているのに、オヤジはわかっているのだろうかとユウトは疑問に感じた。そのまま自室に向おうとしたとき、父親がふいに口を開いた。

「昨日、スーパー銭湯にいたってな。山下から聞いたぞ。息子さんと“友達”を見かけたって」
 山下というのは、父親の同僚の工員だ。“友達”のニュアンスが親友とか、遊び仲間という意味合いでないことはユウトにもわかった。
「それで?」
 居間の入り口に立っていても面白くない。早く風呂に入って休みたいとユウトは思った。しびれを切らしてその場をあとにしようとすると、父親が重々しく口を開いた。
「おまえは女になりたいのか?」
「は?」。想像もしていなかった問いにユウトは混乱した。やがて父親の言わんとしていることがわかり、悲憤がこみ上げてきた。そこからかよ、とユウトは内心うんざりした。

「だから、オレは男で男が好きなわけ。自分のことは男と思ってんの。異常とか正常とか、そういう話とも違うの。これは変えられないの。じゃあ、オヤジは男とヤレる?」
「な、何をいうんだ!」と父親は声を荒らげた。
 もう止められなかった。これまでため込んでいた怒りがマグマのように噴き出してきた。「つまり、そういうレベルの話なの。オヤジが男とできないように、オレは女とできないわけ。できないというより、したくないわけ。男は勃ちさえすれば、どんな相手だろうとヤレないこともないけど、だからといってオヤジは男とヤリたいと思う? 思わないだろ? オレは女とヤリたくない。性的な意味で関心がないの。対象は男なの」
 顔を真っ赤にした父親の姿を横目に、ユウトは情けなくて頭を掻きむしった。「いまはさ、わざわざ本読まなくても、新聞さえ読めば、基礎ぐらいわかるようになってんだろ。頼むからさ、何か言うんだったら、それからにしてくれよ」

 父親はスポーツ紙しか読まないんだった、とさらに落胆した。
 昨日、シゲキとじゃれ合いながら読んだ記事をユウトは思い出した。あのキラキラしたゲイたちには、学のない親もいなければ、こんな不毛な口論で労力を使ったりする機会もないんだろう。父親が工場勤めで、母親がモールの食料品売り場のバックヤードで魚をパック詰めしてることもないかもしれない。
 元担任のアウティングにはじまり、小さな町の息苦しい暮らし、そして親の無理解。ユウトは限界を感じていた。

 
「――逃げようか」。黙って話を聞いていたシゲキが絞り出すような声で言った。彼が麦焼酎の入ったロックグラスを手のなかで回すと、大きな氷がカラカラと音を立てた。カウンターのダウンライトを浴び、彫りの浅いシゲキの目元にはめずらしく影が落ちていた。

 近場の街のゲイバーは客もまばらで、店主はため息まじりにグラスを磨いていた。鹿児島から流れ着いたという彼は華奢な体格で挙動にシナがまじり、雰囲気としては“ママ”なのだが、ママと呼ばれることを頑なに拒み、客には“マスター”と呼ばせていた。
 この日の店には、なぜか大量のバラやカサブランカがそこかしこに活けてあった。花瓶はなく、バケツや空瓶に無造作に突っ込んである。花などこの店らしくもない。町の文房具屋で買ったプラスチックの額縁入りの、南仏の港の風景を描いたポスター画が埃をかぶって壁にかかっているような店だ。
 聞けば、同じビルに入るキャバクラで女の子の誕生日パーティがあり、掃いて捨てるほど花束が届いたのだという。困り果てたマネージャーがおすそ分けとして持ってきて、断り切れずにもらったのだった。
「うちと違って繁盛してんだよね、あの店」。彼は憂いを帯びた視線をカサブランカに向け、またため息まじりにグラスを磨きはじめた。

「で、逃げるって?」といって、ユウトはミックスナッツのアーモンドを選って口に入れた。
「文字どおりだよ。町を出て、どこか遠いところで暮らす。たとえば、東京とかで」
「でも、オレら、生活の基盤あそこだろ? 他のところに住んだことないのに」
「それはオレも同じ。わかってる」。ずっとユウトを値踏みするように見ていた奥の男に、シゲキはさりげなく牽制のまなざしを向けた。「だけど、おまえも行き詰まってて、あの町で暮らしつづけるのはキツいと思うんだ。あの町で、男同士で暮らすなんて想像できるか?」
「無理だな」
「だろ? それにうちの親も、オレがおまえとつるんでると知って、何か感じてるみたいだし」
「ごめん……」
「いやいや、そこは謝るところじゃないって。元凶はあいつ、元担任」というと、シゲキは眉間にシワを寄せた。「遅かれ早かれ、バレるとは思ってたんだよ。カミングアウトするだけの気力もないし、うちの親がそれを理解して受け入れられるとも思えない。うちは商売やってるのに体裁が悪いって渋い顔をするのがせいぜい。バレて問い詰められたときに、向き合うほどの体力もない。バレて親元で暮らすのも息苦しい。かといって、実家を出ても、町の近くで暮らしてたら、ぜったい誰かに会う」

「だから、町を出ようって?」
「ああ、長い目で見たら、それがいいんじゃないかってさ」
「たださ、親にも黙っていくわけだろ? 男と駆け落ちしますって言って、気持ちよく送り出してくれるとは思えない」
「いや、置き手紙ぐらいはするさ」。シゲキはなだめるようにユウトの手に自分の手を重ねた。
「そのまま関係がこじれて、一生この町に帰ってこれなくなるかもしれねえよ?」
「まあな。でも、オレは構わない。弟のほうが商才があって、うちのコンビニ、親も弟に継がせたがってるし。この先、ジジイになって、あの狡い弟の下で働くのは嫌だ」
「そっか……」というと、ユウトはクスクス笑い出した。「考えてること、一緒なんだな」
「へ?」
「じつはオレも限界だと思ってた。たぶん、オレのほうがもっとかな。で、遠くに行きたいと思って、東京とか大阪とか、都会の情報をなんとなく調べてた」
「じゃあ、マジでやっちゃう?」
「ああ、マジでやる」
「止めはしないけど、酔いが冷めてからもう一度考えなよ」。そばで話を聞いていたマスターが苦言を呈し、またお客が減っちゃうとひとりごちた。

 いや、オレたちは酔ってない。ユウトとシゲキはそっとグラスを合わせた。

    ◇◇◇
 
 “駆け落ち”は、3ヵ月後に実行することにした。それまでにやることを“3ヵ月計画”と題してリストアップしていった。まずは、住む場所の選定だった。

 いざ調べてみると、東京という単独の街があるわけではなく、東京のなかに新宿や渋谷といったいろんな街が集まっているのだとユウトは思った。
 田舎から出たことがない自分が突然オシャレな街に住んでも馴染めない気がする。いろいろ調べていくうちに、新宿から電車で4分の東中野という街が目にとまった。どうやらゲイ人口も高く、日曜の午後、自宅から駅のホームに向かうまでにひと目でわかる“お仲間”を8人は見たと、住民のゲイのブログに書いてあった。男同士で寄り添って歩いていても変に思われない街。ストリートビューで探索してみたが、悪くなさそうだった。
 ユウトとシゲキは東中野に絞って部屋を探すことにした。家賃相場は高くないというが、地元の町に比べたら2倍、ヘタしたら3倍だ。2人で暮らすとしても、家賃は9万、できれば8万台までに抑えたい。幸いにして、実家暮らしでたまった貯金があるから、初期費用や引越し費用はまかなえる。

 住む街は決まったものの、遠方から何度も物件を探しに行くわけにもいかない。そこで、シゲキのアイデアを採用することにした。不動産サイトでめぼしい物件を見繕っておき、2日間でぜんぶ見て回って決めるのだ。5月半ば、1泊2日の弾丸ツアーを敢行することにした。

 男2人住まいで、就職活動も引越し後にはじめる予定でいたことから、部屋探しは難航するだろうと思われた。ところが、最初に訪ねた不動産屋のおばさんが気のいい人でトントン拍子に話は進んだ。

「このあたりはそういうカップルが珍しくないし、まあ、長年この商売をやってると鼻が利くようになるもんなのよ」というとユウトとシゲキの顔を交互に見つめ、「うん、あなたたちは大丈夫。家賃を踏み倒すタイプじゃないわ」と二つ返事で物件を紹介してくれた。不動産が入る古いビルの最上階がそれだった。
 表に“お客様を案内中”の札を下げて鍵を締めると、そのまま奥の階段をのぼりはじめ、「うちの持ちビルなのよ」と何か重要な秘密を打ち明けるかのように声をひそめた。取りっぱぐれる心配がないというわけだ。階段をのぼりきると、彼女は弾んだ息を整えながら部屋の鍵を開けた。「年々つらくなるのよね、階段。5階でエレベーターがないけど、あなたたちは若いから大丈夫よね」

 間取りは2Kだが、必要十分の設備で日当たりもよく、住み心地は悪くなさそうだった。彼らが決めたと告げると、「やっぱり私の見込みに間違いはなかったわ」と大口を開けて笑った。その翌日にはユウトのもとに入居審査通過の連絡が入り、あとは入居当日に契約書にサインするだけとなった。

 必要最低限の家具と家電はネットで手配し、生活用品は住みはじめてから徐々に揃え、持っていく荷物は1人ダンボール3個までと決めた。親の目を盗んで車のトランクに詰め込み、前日までに近隣のコンビニから分散して出す。日付け指定をすれば、東京に引越すその日に受け取れる。
 職場への辞表の提出、役所での転出証明書の発行手続きもすんだ。いずれ親に新しい住所を知られるかもしれないが、その時はその時だ。とはいえ、町の外にもめったに出ない両親が東京まで訪ねてくるとも思えなかった。

 あとは、町を抜け出す方法だった。電車で逃げることはできない。ユウトは鉄道駅の駅員で顔が割れているし、車内で知り合いに会う可能性も高かった。そこで、レンタカーを乗り捨てることにした。早朝にレンタカーを借り、人気のない駐車場で待つシゲキを拾う。そのまま最寄りの新幹線駅まで移動し、駅前の支店でレンタカーを返却する。それが得策に思えた。

 “女になりたいのか?”の衝突以来、ユウトは父親と口をきいていなかった。母親は友人に初孫が生まれたと知ると、私は内孫の顔を見られないのね、と聞こえよがしに嘆いた。妹は自慢の兄がゲイだとわかって以来、家のなかですれ違ってもよそよそしく避けて通るようになっていた。どいつもこいつも消えちまえ、とユウトは毒づいた。

 
 駆け落ち当日の朝は、あいにくの梅雨空だった。出勤を装って家を出、表の郵便受けに家族宛の手紙を入れておいた。郵便受けを確認するのはユウトの仕事だ。きっと、夕方まで誰も気づかないだろう。

 駅近くのレンタカー屋で軽自動車を借り、シゲキとの待ち合わせ場所に向かうと、彼はコンビニのイートインコーナーでコーヒーをすすっていた。ユウトの姿を認めると、残りのコーヒーを飲み干し、空いた紙コップを店内のゴミ箱に投げ入れて表に出てきた。大きめのメッセンジャーバッグをななめがけにしている。

「いつも手ぶらなのにめずらしいな」。雨を避けようと助手席に駆け込んできたシゲキにユウトは言った。
「昨日、思い立って買ったんだよ。駆け落ちすんのに、手ぶらってわけにもいかないだろうって」。慣れないせいか、シゲキはバッグの置き場に迷ってシートベルトを締めるのに手間取っていた。
 見かねたユウトが後部座席のほうに顎をしゃくった。「後ろに置いたら?」
「それだ。その手があった」

 シゲキがシートベルトを締めたのを見届けて、ユウトはサイドブレーキを外した。ギアをPからDに動かし、ハンドルを握り直す。アクセルを踏み、駐車場の出口まで来たところでウィンカーを出して国道に入る。なめらかな走り出しだ。左右に振れるワイパー越しに標識を見上げ、徐々に加速する。はやる気持ちを抑えられない。とっととこの町に別れを告げたかった。

    ◇◇◇
 
 ユウトとシゲキは東京での暮らしに少しずつ馴染んでいった。最初こそ、日に一度はLINEでメッセージをよこしていた両親も、ユウトが既読スルーを決め込むとしだいに連絡をよこさなくなった。そろそろブロックしようかと考えていたユウトは安堵したのだった。

 いちばんの懸念だった仕事も早々に見つかり、当座の生活費として考えていた貯金にも手をつけずにすんだ。シゲキは口のうまさが買われて印刷会社の営業に、ユウトは容姿の良さと物腰の柔らかさが買われてホテルのベルボーイに決まった。勤務時間や休みが不規則なユウトはすれ違いを避けようと、日に一度はシゲキと食事をとることにし、節約と栄養バランスを考えて慣れない自炊にも度々挑戦していた。

 せっかく東京に移り住んだのだからと、ユウトとシゲキは休みが合うとあちこち出歩いた。アジア随一と言われるゲイタウン、新宿2丁目にも行ってみたが、ずっと抑圧的な環境で暮らしてきたユウトとシゲキは2丁目を行きかう人たちの開放的な雰囲気に気圧されて、最初に足を踏み入れたときは怖気づいて長居できず、近くのラーメン屋でつけ麺を食べて帰ってくるしまつだった。

 出かけた帰りは遠足帰りの子供の気分だった。まだ帰りたくないのに、帰らないといけない。今日という日が終わらなければいいのにと何度思ったことだろう。「今日も楽しかったな」とシゲキが笑みを浮かべると、ユウトも「な」と笑顔で応じた。
 そして、駅からマンションまでの帰り道は、たいてい今度の休みに出かける場所を検討し合うことになっていた。しかし、その日はシゲキがいつになく押し黙っていた。曲がり角まで来たところで、シゲキがさりげなくユウトの手を握った。公共の場で手をつないだのは初めてだった。好きな人と手をつないで歩く。そんな当たり前のことがようやくできるようになったんだ。
 ユウトは西の空に沈みゆく夕陽に目を奪われた。夏の終わりが近づいている。それまでモノクロにしか見えていなかった景色に色がつきはじめた気がした。

    ◇◇◇
 
 ホテルのロビーは人生の縮図だとユウトは思った。人に勧められて見たものの、当時は何が楽しいのかわからなかった映画『グランド・ホテル』を思い出す。実際にホテルで働いてみると、そんな群像劇がそこかしこで起きていても不思議でない気がしてくる。
 ユウトが勤めるホテルは高級の部類に入り、客層もある程度決まっているが、それでも1日中ロビー周りで荷物を整理したり、客を部屋まで案内したりしていると、いろんな光景を目にする。

 老紳士がひと目で娼婦とわかる女を連れ込むこともあるし、上品な中年女性の呼んだ出張ホストが間違って別の部屋に押し入って騒ぎになったこともある。女性が強引に迫られるシチュエーションを希望していたために起きた惨劇だった。

 それまで優雅に振る舞っていた男が部屋に入ったとたん、連れの女を口汚く罵ることもあったし、悪名高い政治家がホテルのスタッフへの気配りを怠らず、上客として好かれていたこともあった。“いい人”として知られる芸能人が横柄で、予約がダブルブッキングしたことを根に持ってチェックアウトまで文句を言いつづけたこともあった。ホームレスの老人かと思ったら大会社の会長で、全身ブランド物で固めた男が一文なしで支払い不能だったこともあった。

 常連客には不思議な人も多い。チェックイン時にはスーツを着ていた若い男が、次にロビー階に下りてきたときにはこなれていない女装姿で亡霊のように正面玄関から出ていく。彼は月に一度、地方から上京してきて宿泊し、仕事の合間にホテル周辺を女装姿でウロウロするのだ。また1時間もたつと、スーツに着替えてロビー階に下りてきて、ホテル内の日本料理店に消えていく。そこで取引先の相手と会食の場を持っているようだった。

 いや、“あの男”に比べたら、月イチ上京男はまだふつうかもしれないとユウトは思った。その最も不思議な客が今日もやって来たのだった。

 
 彼は正面玄関から入ってくると、必ず一度フロント正面の椅子に腰をおろす。そして、ユウトの手が空いているのがわかると立ち上がってフロントに向かい、そうでないときはユウトの手が空くのを待ってフロントに向かう。結果として、いつもユウトが担当することになるのだ。

 初めて担当したときは、部屋まで案内するとチップを渡され、話し相手を求められた。仕事に戻らないといけませんのでとユウトは断った。次に担当したときには、「先日の無礼を許してほしい。孤独な生活を送っているから、つい優しげな君に声をかけてしまった」と彼が詫びた。
 そのうち、彼は週に一度、ホテルに来るようになった。いつもジャケットをはおっているがスーツではなく、その下もTシャツだったりカジュアルシャツだったりと、ビジネス客には見えなかった。人づてに聞いた話では、ユウトの姿が見当たらず休みだと悟ると、キャンセルして正面玄関から出ていくという。「ちょっと“問題”を抱えているお客様かもしれないし、嫌なら他のベルに回すけど?」と心配してくれるフロントクラークもいた。けれど、だんだん彼との逢瀬が楽しくなってきていたユウトは遠慮なく自分に回してほしいと頼んだ。

 その客は村瀬といい、まだ50前に見えた。村瀬はチェックインをすませ、ユウトに引き継がれるとかすかに微笑む。「ご案内いたします」とユウトが一礼し、小さなボストンバッグを預かる。ロビー階を歩き、エレベーターに乗り、宿泊階に到着して部屋に着くまでの数分間がふたりの逢瀬だった。初めのうちは二、三言かわすだけだったが、しだいに取りとめもない話をするようになり、やがて個人的な話をするまでになった。
 容姿に恵まれたユウトは、見知らぬ人から値踏みするような視線を向けられるのに慣れていた。しかし、村瀬は決してそういう視線を向けなかった。ときには伏し目がちに言葉を発し、まともにユウトの顔を見ないこともあった。それでも、言葉の端々からユウトに好意を持っていることは間違いなさそうだった。

 
――今日の晩メシもバランスが取れてるかなとユウトは食卓を眺めた。実家では料理をしなかった彼も、節約を兼ねて自炊しているうちにだんだん上達してきた。
 帰ってきたばかりのシゲキが着替えて食卓についたのを見計らって、ユウトも腰をおろした。

「そういや、今日もあの客が来たよ」と言って、鶏の唐揚げにユウトは箸を伸ばした。
「へえ、そうなんだ」。シゲキはテレビを見やり、気のない返事をした。少し前まではその日の出来事を報告しあい、あるときは義憤にかられ、またあるときは大笑いしていた。それが近頃はユウトが一方的に話をし、シゲキは曖昧に返事をして箸を運ぶだけになった。

 食事をすませ、シャワーを浴びて出てきたユウトは、腰にタオルを巻いただけの格好で冷蔵庫からお茶を出した。同棲したてのころなら、シゲキが後ろから抱きついてきて腰のタオルを外し、そのまま前戯に突入していたが、最近は半裸のユウトに見向きもせず、壁に寄りかかってスマホをいじっていることが増えた。それとなく誘っても、「ごめん、疲れてる」とシゲキはつれなかった。

 多少の浮気は黙認しあってきた。正確に言うと、ほとんどの場合、浮気をしていたのはシゲキのほうだった。
 誘ってきそうな雰囲気になっても誘ってこず、ユウトが誘っても疲れているといって、背を向けて寝てしまうことが増えた。取引先との付き合いを理由に日付が変わってから帰ることも増えた。きっと、誰かとヤってきたんだろうとユウトは思ったが、あえて追及せず、シゲキが留守の間にスマホで動画を見てひとりで済ませていた。それが同棲生活を維持するのに必要な忍耐だと思ったからだ。
 シゲキと暮らしはじめてから、ユウトが浮気をしたのは一度だけだった。生活時間が合わず、シゲキとのすれ違いがつづいた時期があった。そのときに知り合った男と一度。魔が差したというやつだ。直前まで何度も葛藤し、罪悪感をかなぐり捨てて寝た結果が大味のセックスだった。好みの顔立ちでいい体をしていたが、見かけ倒しの男だった。

 
 翌週、また村瀬がやって来た。「ご案内いたします」とユウトが一礼するのに始まり、宿泊階に到着して部屋に着くまでの数分間の逢瀬だ。その日も部屋に到着すると、村瀬は「ありがとう」と言ってポケットから包みを出した。和紙に包んだチップだ。「ごゆっくりお過ごしください」とユウトは一礼して退室し、チップを制服のポケットに入れて業務に戻った。

 仕事を終えて更衣室で着替えているときに、ふと思い立って包みを開いてみた。1000円札が2枚、それに和紙の内側にボールペンでメモが書かれていた。

“いつも案内有難う。もしご迷惑でなければ、今度一緒に食事に行きませんか? あなたと“数分間”を超えてじっくりお話ししてみたいです。ご迷惑であれば、そのまま破り捨ててください。”

 その下には携帯の番号が載っていた。ユウトは考えた。帰りの電車でも、食事の支度中にも、寝る前の筋トレ中にも。ユウトの変化に疎くなっていたシゲキに「なんか考え事?」と指摘されるくらいだから、相当ぼんやりしていたのだろう。そして翌日、更衣室で制服に着替えていてボタンをかけ違えたときだった。ユウトは決心した。連絡しよう。ご一緒させてくださいと。

 うちのホテルに週一で泊まる人だ。どんなすごい店に連れていかれるだろうと戦々恐々としていたユウトの予想に反して、村瀬が指定したのは個室の居酒屋だった。好きな食べ物を聞かれ、和食が好きだと答えたことと、自分の年齢などを考えて気後れしない店を選んでくれたのかもしれないとユウトは思った。

 村瀬はホテルで会うときと変わらず気さくで、それでいてどこか浮世離れしていた。お互いの身の上を話しているうちに、ユウトは理由がわかった気がした。村瀬は働いた経験がなく、親から引き継いだ“生活には困らない程度の”不動産収入で暮らしていた。彼は長年社会と接触を持たずにいたが、両親が亡くなり、そうもいかなくなったという。
「46の男が一度も働いたことがないって、引くでしょう」と村瀬は自嘲気味に言った。

 それからも、ユウトは村瀬とたまに会うようになった。“ずっと1人で家にいると気が滅入るから”といって、彼は週に一度のホテル通いもつづけた。ホテルでは必要以上に親しげな態度をとらない村瀬にしたがい、ユウトもベルボーイとして接した。

 
 ユウトが新しい出会いに刺激を受ける一方で、家を空けることが増えた彼にシゲキは不満を募らせていた。誰と会っているんだと詰問するシゲキに、ユウトは努めて冷静に事情を説明した。
「友達のような知人のような関係で、ただ話し相手をしてるだけ。ほんとにそれだけなんだよ」
 けれど、シゲキは納得しなかった。「金持ちのオッサンとデートなんて、やってることは売り専と一緒だろ!」
「おまえと違って浮気してるわけじゃねーよ!」

 ユウトがしまったと思ったときにはすでに手遅れだった。売り言葉に買い言葉で、これまでにため込んでいたお互いへの不満をぶつけあっていた。

「ちまちま家計簿なんかつけやがって。そういうノンケの夫婦みたいな所帯染みたことは嫌いなんだよ!」とシゲキが痛罵すれば、「あれだけキラキラした都会のゲイをバカにしてたくせに、いまのおまえはなんだよ。家計に入れる以外のカネ、ほとんど伊勢丹メンズ館での買い物に費やしてるじゃねーか。見てみろよ、バカみたいに増えてく服とか靴を。結局、向こうで言ってたことって、負け惜しみだったんじゃねーの? 田舎に住んでて、カネがなくて、実家のコンビニを手伝ってるだけの冴えないヤツだったから」と応酬した。

「あの地獄から抜け出して、やっと自分らしく生きられるってなったのに、なんでいいもん着ちゃいけないんだよ? おまえこそ、なんだよ、向こうにいた頃と大して変わらない格好は。恥ずかしくて友達に会わせらんねーんだよ! ほぼ全身ユニクロでシケてんだよ! もとの素材がいいから、それでも着こなせてますよってか?」
「誰もそんなこと思ってねーよ! オレは地に足がついてるだけ。誰かさんと違って虚栄心が強くないだけ。田舎から出てきて浮かれてバカみたいに服にカネつかったりしないだけ。恥ずかしくて友達に会わせらんないヤツと、なんで付き合ってんだよ? 別れたほうがいいんじゃねーの?」
「ああ、そうだな」

 不穏な沈黙が訪れた。少しずつ噛み合わなくなっていた歯車がついに軸から外れたようだった。もう気持ちが離れてしまったのだろうか、好きだったら、極力傷つけまいとするもんじゃないだろうかとユウトは煩悶した。

 次の日もその次の日もユウトとシゲキは口をきかなかった。ようやく口をきいたのは、5日後の夜だった。

「もう別れようか」。スマホをいじっていたシゲキがぽつりと言った。
「そうだな、終わりにしよう」とユウトはにべもなく応じた。寂しいとも悲しいとも感じず、かえってせいせいしたと感じているのがつらかった。

 結局、シゲキが家を出、ユウトはそのまま残ることになった。ユウトの収入でも払える家賃だったし、稼ぎがよくなったシゲキはもっと見栄えのするマンションに越したがった。正味1年。短くも濃い同棲生活だった。

    ◇◇◇

 シゲキが出ていった翌週、ユウトは村瀬から自宅に誘われた。いまだにそんな“誘い”は受けていないが、自宅に上がるのであれば今度こそはわからない、とユウトは逡巡した。村瀬は積極的に寝たいタイプではない。中肉中背で、目が大きくて童顔。魅力がないとは言わないが、ユウトのタイプではなかった。

 村瀬の家は渋谷区の閑静な住宅街にあった。実家のあたりなら、特段大きな家ではないが、東京の一等地でこの屋敷を維持するのは大変だろうとユウトは思った。
「うちがいちばん落ち着くのでね」といって、村瀬はユウトにスリッパをすすめた。「どうぞ、入って」
 応接間には民芸調の応接セットが置かれ、壁には古めかしい油絵が飾られていた。しばらくすると、村瀬自らお茶のセットをお盆に載せて運んできた。通いの家政婦は休みらしい。
「お酒のほうがよかった?」
「いや、まだ昼ですし、いいですよ」
 部屋には光がふんだんに入り、花瓶には明るい花が活けてあった。それなのに家のなかが寒々しい感じがするのは、村瀬から親の愛情を知らずに育ったという話を聞いていたせいだろうか、とユウトは思った。

 不動産収入で安泰とあって、村瀬の父親は愛人をつくって家庭を顧みなかったという。子供嫌いだった母親も彼に関心を示さず、観劇や買い物にと出歩いてばかりいた。彼の世話を担っていたのは、家政婦の“ヨウコさん”だった。彼はヨウコさんだけになつき、母親が気まぐれで彼に構おうとすると、そっとヨウコさんの背中に隠れるようになった。母親はそんな彼を見ると、「ふんっ、かわいくない子ね」と捨て台詞をはいて自室に引き上げていった。
 ヨウコさんが夕飯の支度をしていると、母親と子供のそれのように村瀬は学校での出来事を報告した。夕飯のおかずが好物のハンバーグだと知ると、嬉しさのあまり彼女の背中に抱きついた。すると、ヨウコさんは「あらあら、危ないから離れてらしてください」と笑って調理用の椅子を持ってきて彼を座らせた。
 ヨウコさんはそんな彼を慈しむ一方、家政婦という立場を忘れはしなかった。母親がいるときはあくまでも脇に控え、彼にも母親と交流を持つように常々促していた。「ぼっちゃん、お母さまが遊ぼうとおっしゃったら、そうなさらないといけませんよ」。“せめてぼっちゃんが社会に出るまでは”とヨウコさんは心に誓った。
 しかし、彼は就職活動に失敗し、しだいに引きこもりがちになり、両親にも疎まれ、離れで暮らすようになった。ヨウコさんの彼への思いは、“せめて体が持つうちは”という使命感に変わった。彼が離れに引きこもるようになってからもヨウコさんは毎日食事を運び、その度に二、三言、言葉をかわすのが常だった。ヨウコさんのおかげで自分は生き延びたと彼は述懐した。

「いまでいうネグレクト、育児放棄だよね」。訥々と話し終えた彼は寂しげに笑った。「でも、“よそのお宅のこと”といって、当時は口出しする人が少なかったな。貧乏ではなかったから、悲愴感もないし、周りも気にとめてなかったのかもしれない」
「うちは父親が工場勤めで、母親はモールでパート。それでも生活はカツカツでしたよ」とユウトは苦笑した。「就職活動は続けなかったんですか?」

 村瀬は宙を見つめた。過去を振り返るときの彼の癖だった。「僕が学生のころはバブル景気で、就活も売り手市場でね。周りの人たちは就活を始めてすぐ内定をもらってたのに、高望みもせず、自分に見合った会社を受けてた僕はなかなか決まらなかった。そうすると、自分は社会にとって有用ではないんじゃないかと自信がなくなってしまって。大学でも友達は多くなかったし、その多くない友達も社会に居場所を見つけ、会社で出世し、家庭を持つようになった。その現実を知るにつけ、どんどん取り残されていく感じがして、劣等感まみれになって、年を重ねるごとに表に出る機会も意欲も削がれていった」

「親に愛されたと思う?」というと、村瀬は緑茶をすすった。彼は話題の切り替え方が独得で唐突な印象があった。長年引きこもっていて、人と密に会話をしてこなかったせいではないかとユウトは睨んでいた。
「わからないですね。虐待はされなかったけど、愛されてた感じもしない。それなりの年になって、結婚して、子孫を残すのが昔からつづく掟だからやってるという感じで、子供を育てるみたいな意欲はなかった気がします。元担任にアウティングされて、ゲイだとバレたときも世間体がどうのって迷惑そうでしたし。でも、父親はどうだろう。どうにか理解しようとしてたのかな」
 ユウトはいまさらながら、喧嘩腰のカミングアウトを回想した。あの“女になりたいのか?”から始まった一件だ。知的ではないし、情報も持っていなかったけど、オヤジなりに息子を理解しようとしていたのだろうか。
「父親に大学進学を阻まれて高卒で就職せざるをえなかったのも、いまだに納得がいってないんですよね。奨学金を借りて自宅から通うっていっても、ダメだと言って」

 オヤジは息子が自分を越えるのが怖かったのかもしれないとユウトは思った。貧しい生まれで、ろくに勉強もできず、田舎から出ることもできず、カネを稼ぐ手段が限られていた自分と、それを越えようとする息子。越えられたら親として立つ瀬がないと思ったのではないか。息子には自分より上の暮らしを送ってほしいという思いより、男のプライドみたいなものが勝ったのではないか。だとすると、息子への愛より自己愛のほうが強かったのではないか。そんなことを考えているうちに、愛ってなんだろうという途方もない命題がユウトの脳天にのしかかってきたのだった。

 
 いつしかユウトは休みのたびに村瀬の家を訪ねるようになっていた。
 あるときは出前を取り、またあるときは食事に出かけ、そしてあるときは村瀬自身が料理の腕をふるった。
「うちのお手伝いさん、掃除は完璧なんだけど、料理がぜんぜんダメで。それで見よう見まねで作るようになったんだけど、レパートリーが少ないからすぐ1周してしまうんだ」 と村瀬は照れくさそうに笑ったが、出させる料理はなかなかどうして悪くなかった。

 しかし、11月に入ったばかりのその日は村瀬の家に向かわず、最寄り駅で待っていてほしいとのことだった。ユウトが待ち合わせ時間の5分前に到着すると、黒いコートを着た村瀬はすでに改札前で待っていた。これは毎回、ユウトが感心する点だった。村瀬は社会人経験がないわりに、誰よりも時間を厳守するのだ。
 スーパーに入ってユウトがかごを持つと、村瀬はメモを見ながら次々と食材を入れていった。玉ねぎ、卵、パン粉、合い挽き肉を入れたところでユウトはピンときた。これはハンバーグの材料だ。
 スーパーを出た村瀬は、自宅とは逆方向に歩き出した。不可思議そうな顔をするユウトに、村瀬は「ああ、ごめん。言い忘れてた」と言って説明を始めた。今日は自宅ではなく、ヨウコさんちに行くのだという。

 ヨウコさんも高齢になり、数年前に引退した。彼は長年の感謝の気持ちをこめて、所有するマンションの一室をヨウコさんに無償で貸していた。いまは悠々自適の暮らしを送っているという。
「でも、いかんせんいい年だから心配でね。たまに様子を見にいくんだよ。誰かのために何かすることが彼女を元気にするみたいで、いつも食事を作ってもらうんだ」
 マンションの玄関で出迎えてくれたヨウコさんは、ユウトの予想に反して背の高いすらっとした人だった。
「あら、ぼっちゃん。まああ、今日はお友達まで」とヨウコさんは朗らかに会釈した。村瀬が事前に連絡していたはずだが、ヨウコさんはすっかり忘れていた。
「材料買ってきたんだけど、ハンバーグ、作ってもらえるかな」
「ええ、ええ。もちろん、よろこんで」

 ヨウコさんの案内に従い、村瀬とユウトはキッチンに向かった。村瀬はユウトから買い物袋を受け取ると、ヨウコさんが料理しやすいように調理台に材料を並べていった。
「朝のお片づけが済んでなくて、お恥ずかしいわ」というと、ヨウコさんは手早く食器を洗いはじめた。コンロの上には卵を焼いたらしいフライパンも載っている。その他もどことなく雑然としていた。コンロの脇の調味料ラックに茶筒が混じっていたり、冷蔵庫の上にエアコンのリモコンが置いてあったりする。村瀬から聞いていた、しっかり者のヨウコさん像との食い違いにユウトは戸惑った。

「最近は、僕も料理をするようになったから」といって村瀬はヨウコさんを手伝いはじめた。こうして並んだ姿を見ると、本当の親子のようだとユウトは思った。むしろ、村瀬にアルバムを見せてもらったときに写っていたキツい感じのする実母より親子らしい雰囲気が漂っていた。

 しばらくして出てきたハンバーグは見るからに美味しそうだった。付け合わせには粉吹き芋とニンジンのグラッセ、それにインゲンのバターソテーが添えられ、別皿にパセリライスが盛られていた。ひと口食べたユウトは、これが昭和の“正しい味”なのだろうと思った。友達の祖母の家に行ったときに、本棚をあさっていて見つけた料理本に出てきそうだった。“ラタテイユ”や“シテュー”と並んで、“ハンブルグステーキ”という名称で載っている。レシピの説明文は丁寧語で独得の字体で書かれているのだ。

「今日は旦那様と奥様は?」。食事を終えてコーヒーを飲んでいると、ヨウコさんがふいに尋ねた。さも不思議そうに、なぜかしらという表情で。
「父さんと母さんは長旅に出てるんだよ。ヨーロッパのほうに」と村瀬は何食わぬ顔で応じる。眉根をよせるユウトに、村瀬は牽制するように伏し目がちに首を小さく振った。
「まあ、そうですか。ヨーロッパ、ようございますね。古いお城もご覧になられたりして」
「たぶん、見てくるんじゃないかな」
「お土産話が楽しみですわね」
 そんな奇妙なやり取りを何度か繰り返し、村瀬とユウトはヨウコさんちを後にした。

 聞くべきか否かユウトが迷っていると、村瀬が曲がり角まで来たところで言葉を発した。
「なにか変だと思わなかったか? ヨウコさんの様子」
「なんでここにエアコンのリモコンが、なんで亡くなってるお父さんとお母さんの話が、とは思いましたね」とユウトがうなずくと、村瀬は顔を曇らせ、深くため息をついた。
「彼女、認知症の診断が下りててね。何年か前から物忘れが出はじめたんだけど、最近とみに目立つようになったんだ。料理を手伝ったのもそれが理由。もともと料理上手な人だったんだけど、ちょっと前に味つけがおかしいと気づいて」
 ユウトがかける言葉もなくうつむいて歩いていると、村瀬はそっとユウトの肩に手を回した。ほんの一瞬のことで、村瀬はまたすぐに手を下ろした。
「今日は君がいてくれて助かった。少しずつ症状が進んでいく彼女を見るのはつらくて」と村瀬は吐露した。「まだ大丈夫な気はするけど、この先、ひとり暮らしが難しくなったら、24時間看護サービスかケア付きの老人ホームを手配しようと思ってるんだ」

 翌年、ヨウコさんはケア付きの老人ホームに入居した。村瀬は週に2回は見舞い、ユウトも2回に1回は付き添った。スタッフは事情を察しているようだったが、他の入居者は「息子さんとお孫さんがしょっちゅう来てくれるなんてお幸せね」とヨウコさんを羨んだ。
 ヨウコさんは徐々に記憶が衰え、ユウトを見て「ぼっちゃん」と声をかけることが増えた。「いや、ヨウコさん、僕はこっち」と悲しげに笑う村瀬を見ていられず、ユウトは同行しても談話室で待つようになった。そして、面会の最後のほうに顔を出し、村瀬のいとこの子供という触れ込みで挨拶する。それが村瀬のためでもあり、ヨウコさんのためでもあるとユウトは考えたのだった。

 
 空が高く晴れ渡り、広葉樹の色づきが見事になった秋のある日、ヨウコさんは眠るように息を引き取った。秋はヨウコさんがいちばん好きな季節だった。
 村瀬は悲嘆にくれ、この世の終わりのように沈み込んだ。ユウトがなだめても効果はなく、ヨウコさんの遺骸の手を取ってさめざめと泣きつづけた。村瀬がユウトの前で感情をあらわにするのは初めてだった。

 ヨウコさんに身寄りはなく、村瀬とユウト、ふたりで見送ることになった。斎場は村瀬のたっての希望で特別殯館を手配したが、参列者が2人の葬儀に特別殯館のホールはあまりに広かった。そのがらんとした空間がふたりの空虚感をあおり、村瀬は茫然としていたかと思えば涙を流し、涙が止まったかと思えば茫然とした。
 火葬炉の前まで来ると、村瀬は棺にすがって声を上げて泣き出した。無理に引き剥がすわけにもいかず、困り果てた職員が懇願するようにユウトを見つめた。ユウトはありとあらゆる言葉で村瀬をなだめ、どうにか棺から引き剥がした。

「集骨まで控室でお待ちください」。そう職員に促されても、村瀬は炉の前を離れようとしなかった。かすかにゴーッという燃焼音が聞こえてくる。
 憔悴しきった村瀬が虚ろな目で語り出した。「親が相次いで亡くなったときは、あ、死んだんだとしか思わなかったんだ。悲しいともつらいとも感じなかった。ただ、亡くなったという事実を淡々と受け止めた感じで、相続はどうしたらいいんだろうという現実的な問題が真っ先に頭に浮かんだ」というと、村瀬は下唇を噛み締めた。「人の死が、こんなにつらいなんて思いもしなかった」

 ユウトが所在なく豪奢な炉の扉を見つめていると、「天涯孤独になったんだな」という村瀬のつぶやきが聞こえてきた。そのつぶやきは斎場の空虚な光景とともに、ユウトの脳裏に鮮明に焼きついたのだった。

 
 ヨウコさんの葬儀からひと月あまりたつと、彼女の遺品整理をすると村瀬が言い出した。いつか戻ってくることを期待して、老人ホームに入居後も晩年住んだマンションはそのままの状態にしてあった。

 村瀬が何度か足を運んでいたこともあり、夕方までにはどうにか片づきそうだった。こぢんまりとした2DKの室内には、そこかしこにヨウコさんの暮らしの痕跡があった。認知症が進行するにつれて、不安や混乱が大きくなっていったのだろう。冷蔵庫の奥から認印が出てきたり、たたんだ布団のあいだから乾物の昆布が出てきたりと、彼女の苦悩を物語っていた。

 押入れの天袋を整理していたユウトは、漆塗りの文箱を見つけた。
「これはなんだろう?」
 踏み台がわりの椅子から降り、畳の上に文箱を置いた。箪笥を整理していた村瀬がやってきて膝をつき、両手で蓋を持ち上げた。そこには、ヨウコさんの思い出の品が詰まっていた。若い頃の写真もあれば、達筆すぎて判読できない手紙の束もあった。
「“いい人”がいたと聞いたことがあるけど、その人との手紙かな」

 ひとつひとつ取り出し、畳の上に並べていた村瀬の手がとまった。ユウトが背後からのぞきこむと、子供が描いたとおぼしきヨウコさんの似顔絵が文箱に収まっていた。その横には少し黄ばんだガーゼのハンカチ。何か包まれている様子だった。村瀬が包みを開くと、折り紙で作ったメダルが出てきた。真ん中に“いつもありがとう”と書かれ、首から下げられるように緑のリボンがホッチキスで留められていた。

「これ、僕が小学生のときにプレゼントしたものだ」。村瀬はこみ上げる涙をぬぐい、泣き笑いの表情になった。「授業でお母さんの絵を描きなさいって言われたんだけど、母親の絵を描くのが嫌でね。最初は角が生えた姿を描いたんだ。こっちとしてはふざけてるつもりはなかったんだけど、教師にはふざけないで描きなさいって叱られてさ。腑に落ちなかったから、母親の絵は適当に描いて提出して、その日うちに帰ってから丁寧にヨウコさんの絵を描いて、メダルと一緒にプレゼントしたんだ」
「角が生えたのはひどいなあ」とユウトは言ったものの、写真で見た村瀬の母親を思い出し、確かに似合いそうだと忍び笑いをもらした。「でも、ヨウコさん、嬉しかったと思う」
「『まあまあ、いただいてよろしいんですか』ってあの調子で微笑んでたよ」と、村瀬はまた宙を見つめて思いをめぐらした。

    ◇◇◇

 ある晩、ユウトは風呂に浸かりながら、村瀬とオレの関係って何だろうと考えた。ガス代と水道代を節約するため、浴槽に湯を張るのは週に一度の贅沢。その贅沢なひとときに浮上した議題が“村瀬とオレの関係”だった。

 気がつけば、村瀬との付き合いも4年近い。

 ユウトは村瀬から小遣いをもらうことはなかった。せいぜい、外出時や外食時、それにスーパーで買い物したときに村瀬がカードを切るぐらいだ。もし困ったら援助するとは言われていたが、自分の稼ぎで生活はまかなえたし、援助を受けたらただのパトロンと愛人だと思って頑なに避けていた。

 肉体関係もないわけではなく、ユウトは村瀬の家を訪ねるたびに肌を合わせた。意外なことに、最初に誘ったのはユウトのほうだった。いつも世話になっている義理もあったが、情欲を越えて村瀬を知りたいと思ったのだ。村瀬との初めてのセックスは皮肉にも過去のどれよりも興奮した。「経験がないに等しい」と村瀬は恥じたが、必ずしも数だけの問題ではないんだとユウトは彼を通じて学んだ。

 見る見るうちに“上達”したのはセックスだけではなかった。知り合った当時は浮世離れしていて、話すのもおどおどしていたのに、いつの間にか甘い台詞をサラッと吐くようになっていた。自分は敬語からタメ口に変えるまで何度も葛藤したのに、なんだか釈然としない。知らず知らずのうちに形勢が逆転してしまったとユウトは感じた。近頃は他の男と一度かぎりの関係を持つこともなくなり、村瀬との関係だけを満喫するようになっていたが、かといって恋人と呼ぶのもためらわれた。

 一方で、村瀬が母親のように慕っていたヨウコさんの見舞いにも行き、葬式にもなかば親族として参列し、遺品整理まで手伝った。彼はいまでも週に一度、ホテルに泊まりにくる。その際にはあくまでも客として振る舞うし、ユウトもベルボーイとして接する。ちょっとしたシチュエーションプレイの気分だ。部屋まで案内したところで村瀬がユウトを壁に押しつけ、「チップをお忘れですよ」とポケットに包みを入れることはあったが、それがギリギリのラインで仕事中に一線を越えることはなかった。

 じゃあ、いったいなんなんだ。ユウトは頭まで湯船に浸かり、しばらく浮いてこなかった。

 
 村瀬の50歳の誕生日の夜、彼の希望でユウトは食事を作ることになった。ブリの照り焼きに、小松菜の煮びたし、冷奴、それにごはんと味噌汁。ハレの日に相応しくないありふれた家庭料理だったが、村瀬は嬉々として箸を運んだ。食後に村瀬が出してきたチーズとクラッカー、それに白ワインが唯一誕生日らしさを演出するものだった。
「棚の奥で眠ってたやつ。たまには使ってやらないと」と言って、村瀬は江戸切子のワイングラスをソファーテーブルの上に2つ並べて置いた。

 村瀬がワインを注ぎ終わったのを見計らい、ユウトはグラスを持った。“50歳おめでとう”とユウトがふざけて言うと、村瀬ははにかみ、“50歳か……”と感慨深げにつぶやいた。
「あっという間だ。50年なんて」
「半世紀だよ」
「ああ、世紀単位で言われると、よけい長大に感じる」。村瀬はうなだれた。「引きこもってた分の時間を差し引きできないかな。そうすれば、30歳ぐらいになるんだけど」
「無理だって」とユウトは笑った。
「でも、長いこと引きこもってて、毎日家のなかにいると、時間感覚がおかしくなるんだよ。何年も前のことがつい先月のことに思えたりして」
 ユウトには到底わかりえない感覚だった。休みの日でもずっと家にいるのは気詰まりで、コンビニや何やと必ず表に出るタチだった。
「本当の意味で生きてなかったんだろうな。でも、ユウトと知り合って、ようやく時間が動き出した」というと、村瀬はユウトを見つめ、顔を引き寄せてキスをした。ユウトも積極的に舌を絡める。そろそろ次の段階に進みそうなところで、村瀬はさり気なく切り上げた。

「知り合って4年?」。グラスにワインを注ぎたしながら村瀬は言った。
「だいたいそのくらい」とユウトはうなずく。
「僕らの関係って、しいて言えば何だろう」
「恋人のようでもあり、友達のようでもあり、同志のようでもある、定義が難しいな」
「だよね。定義が難しい。恋人、友達、同志、それらを合わせたような、あるいはそれらを超越した関係なのかもしれない」というと、村瀬は黙り込み、やがて口を開いた。「この先も一緒にいてほしいと言ったら、いてくれる?」
 今度はユウトが黙り込む番だった。ワインを1杯飲んだらことを始めるんだろうと考えていた彼にとって、予想外の展開だった。目をしばしばするユウトを見て、村瀬の顔が一瞬、好色にゆがんだ。
「正直、いますぐ押し倒したいぐらいだけど、今日は話したいことがあるから、それは後」 。村瀬は大きく息をついて、先をつづけた。「もしユウトの気持ちも一緒であれば、僕はこの関係を発展させたい」
「同棲とか?」とユウトは尋ねた。
「うん、まずはそこからスタートでもいいけど、いままでどおり別々に住んでも構わない。それとは別の話なんだ」

 ユウトはますます混乱してきた。村瀬は何の話をしているのだろう。「同性婚の別居婚とか、ややこしい話でもないよね?」
「それは斬新なアイデアだ」と村瀬は笑った。「確かに同性婚が手っ取り早いんだけど、日本ではまだ先の話になりそうだし、形だけの結婚式を挙げるのも違う気がする」
「それはオレも同感」とユウトはうなずいた。
「ひとつのケジメにはなるかもしれないけど、結婚は究極の現実だからね。セレモニーでは超えられない問題もある」というと、村瀬はひと息ついて切り出した。「まわりくどくなってごめん。僕と養子縁組する意思があるか聞きたかったんだ」
「え?」。青天の霹靂の逆って、なんて言うんだろうとユウトは思った。
「なぜこんなことを考えたかというと、君も知ってのとおり、僕には不動産を含めた資産がある。僕が死んだら、顔も知らなかったような親戚が名乗り出てくる可能性も否めない。その対応策として、万が一の場合には君に委ねるという内容の遺言書を作成しておくこともできるにはできる。でも……」と言葉を切ると、村瀬はいったん視線を落とし、覚悟を決めたようにユウトに向き直った。「僕が心から愛する人は君だけだ。養子縁組をするとなると、自動的に年長者が親、年少者が子になるから、仮にそうなれば僕とユウトは法的には親子になる。実際、年齢的にはそれでもおかしくはないんだけど、嫌だというなら……」
「オレも愛してる」
「いまなんて言った?」
「愛してる」。そうユウトが言うやいなや、村瀬は彼の唇を奪った。今度はユウトが押し返す番だった。「ちょっと待って、ちょっと待って。でも、オレに財産をもらう権利があるのかどうか……」
「ユウトは欲がないな」と村瀬は笑った。「君は僕に人生の意味を教えてくれた。止まっていた時計の針を動かしてくれた。それにはすごく大きな価値があるんだよ」
 ユウトは言葉もなく、ワイングラスをじっと見つめた。
「君を縛るつもりはないんだ。いまの仕事を続けたいなら続けて、のんびり暮らしたいならうちでのんびりすればいい。軽い浮気程度なら目をつぶるし、勉強したいならその分の学費は出す」。そして、村瀬は絞り出すような声でつづけた。「伴侶になってほしい。でも、それ以上に家族になってほしい。お互いを敬い、支え合う関係の家族に。この先、一緒にいてくれる家族になってほしいんだ」

――その夜、ユウトは心地よい疲労を感じながら、村瀬のベッドでまどろんでいた。背後から抱きつかれ、ふと目を開いた。
「起きてる?」
 耳もとに村瀬の吐息を感じる。ユウトはかすかにうなずいた。
「一生を左右することだから、1ヵ月でも1年でも納得がいくまで考えて。それまで待つから」
 でも、ユウトの答えは決まっていた。夢うつつを行き来し、薄れゆく意識のなかで言葉をつむいでいた。
“何人もと関係を持ったけど、月日を経るごとに愛着が深まって、離れがたくなって、ずっと一緒にいたいと感じる人はあなただけだったよ。”

    ◇◇◇

 ふたりが正式に“家族”になった日、村瀬とユウトはお祝いを兼ねて新宿2丁目に繰り出すことにした。行ったことがないという村瀬をユウトが連れ出したのだった。ユウト自身、久々の来訪だった。

 50歳にして初めて2丁目に足を踏み入れた村瀬は興味津々だった。男同士が抱き合う絵柄のポスター、黄色い声を上げて練り歩くゲイ友集団、もつれ合いながら歩くレズビアンカップル、二次会に向かう男女の会社員を見ては感心する村瀬に、ユウトはそれとなく解説した。「大昔はクローズな空間で、もっと暗い雰囲気だったらしいけど、時代が変わってどんどんオープンになってきたみたい。オレが初めて来たときにはもうこんな感じだったし。でも、ノンケや女の出入りを毛嫌いする古参のゲイもいることにはいる」

 ユウトは前に何度か通ったバーを探したが、その雑居ビルの2階にはすでに別な店の看板が出ていた。相変わらず新陳代謝の激しい街だとユウトは思った。
「なくなってる。困ったな」
「ほかに知ってる店は?」と村瀬がビルを見上げながら言った。白かったはずの外壁は煤けて黒ずんでいた。
「うーん、ああ、あそこがあるか」と言ったものの、ユウトはどこか乗り気じゃなかった。「いろいろ因縁のある店なんでね。迷うところだけど、とりあえず行ってみるか」

 角をひとつ曲がり、レンガ色のビルが見えてきた。看板を確認すると、幸いにしてその店は健在だった。ユウトは村瀬とともにエレベーターに乗り込み、3階までのぼる。ドアを開けると、ママが大仰なオネエ言葉で出迎えてくれた。
「いらっしゃーい」
 やっぱり覚えてないなとユウトは思った。当然だ。最後に来たのはもう何年も前だ。そのママの手前に自分を凝視する男がいた。
「ユウト……」
 シゲキだった。いても不思議ではなかった。この店はシゲキのお気に入りで、ユウトも何度か一緒に訪れていた。
 シゲキはカウンターの入り口近くで飲んでいた。相変わらず着崩しているようで全身隙のない格好だ。体を鍛えたのか着こなしも幾分スマートに見える。彼の隣には20歳前後の若い男が座り、探るようにユウトを見ていた。
「ああ、久しぶり」と手を小さく挙げてみせたが、その先の言葉がつづかない。村瀬にどう紹介すべきだろう。結局、ユウトは事実だけを伝えることにした。「こちらは、シゲキ。オレが東京に住むきっかけを作ってくれた人」
 村瀬はピンときた様子だったが、そこは大人の分別で会釈するにとどめた。「はじめまして。村瀬です」
 シゲキの隣に座った若い男は意味がわからず、面白くなさそうにグラスを傾けている。ユウトとシゲキのあいだに“過去”があることだけは感じ取ったのだろう。

「隣に座れよ」
「ああ、じゃあ」
 シゲキの誘いに応じてユウトは椅子に腰を下ろした。背もたれのない木製のベンチがカウンターに面して並んでいるのも変わらない。若い男は左端に移り、村瀬が右端に、ユウトとシゲキは必然的にその間に並んで座った。
「珍しいな、おまえが2丁目に来るの」
「まあ、今日はちょっといいことがあったから、そのお祝いに」とユウトは曖昧に答えた。詳しく話す必要はないだろう。もう過去のことだ。
 何を飲むかママに聞かれた村瀬が、やや声を張り上げた。「今日はお祝いなので、みなさんに1杯ずつご馳走させてください」
 店内に歓声が広がったが、大半を占めたのはママの声で、ユウトたちの他に客は2人しかいなかった。
「お祝いって、なんのお祝い?」。横一列に並べたグラスにシャンパンを注ぎながら、ママが村瀬とユウトの顔を交互に見つめた。
「いや、ほんとちょっとしたことなんで」とユウトが笑って受け流すと、ママは大仰に嘆いてみせた。
「ええー、ちょっとってなによぉ。気になるわー」と言いながら、ママはカウンター内を移動して手際よくグラスを配って回った。「ちょっと、“女王”、アンタもお相伴にあずかりなさいよ」
 うつむき加減にスマホをいじっていた若い女が、ハッとしたように顔を上げた。「うん」
「みんな持ったわね?」とママの視線が一巡する。「なんだかわからないけど、いいことがあったおふたりにカンパーイ!」
 楽しい夜だった。ユウトとシゲキはたわいもない話をしては腹を抱えて笑い、村瀬はそんな2人を眺めながらママと懐かしのアニメ番組について語っていた。チヤホヤされなくなった若い男は不貞腐れて出ていったが、「まあ、ああいうヤツだから」とシゲキは気にとめなかった。

 店を出るころには明け方になっていた。駅に向かうというシゲキを、村瀬とユウトは新宿通りまで出て見送ることにした。
「じゃあ」
「ああ、じゃあ」
 シゲキは手を振りながら後ずさり、正面から射す朝日に目を細めた。やがてシゲキは小さくうなずいた。ユウトも小さくうなずき、村瀬も会釈すると、シゲキは駅のほうに向き直って歩き出した。
「それでは、息子よ、僕たちも帰ろうか」と村瀬がおどけてユウトの肩に手を回した。
「はい、父上」とユウトも笑って応じる。
 タクシーをつかまえ、2人で乗り込む。タクシーはスムーズに進み、先に駅に向かったはずのシゲキに追いついてしまった。どんな顔をしているだろうとユウトは案じたが、思い切って振り返ると、シゲキの顔もまたいきいきと輝いていた。軽く手を振り合い、彼らはそれぞれの道を歩みはじめたのだった。